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子ども達のSOS

 

今年も参加させていただいてまいりました。

三年ほど前に出会わせていただき、その強烈な事業内容に腰が抜けた私ですが、同時に、代表家族が、損得抜きの善意の塊で行う事業ゆえ、食うや食わずの生活をしている事実も知り、

もはや感動を通り越して、あきれ果てたのも事実でございました。。(笑)

現代にこんな人がいたとは・・・

っていう感じなんです。

が、

いたんです。

 

 

毎年この機会に勉強させていただいておりますが、本当に素晴らしい内容です。

昨年度の内容をブログでも紹介させていただきましたが、今回印象に残った部分のみのご紹介とさせていただきます。

 

第一部は大野理事長による基調講演「学校にいけない子どもたちに必要な理解と支援」、第二部はパネルディスカッションで、森山副理事長の司会進行で、つばさの卒業生(長期欠席を体験し乗り越えた若者たち)とその保護者さんが本音で語り合うという構成でした。

一部の大野理事長の論理的説明と事実の紹介を通してある程度の知識を共有し、そして二部の「当事者」の声で、真実の追体験のような時間を共有するという二段仕掛けで、私たちの心の深奥にまで働きかけようというものだったと思います。

そしてそれは見事に成功し、もはや会場は発表者の魂と同居しているかのような、特異な時間空間を作り出していました。

 

不登校に関することを知っていようがいまいが、そういう観念・概念・思い込みを超えた、その人の体験をまさに我がことのように感じさせるほどのエネルギーに満ち溢れ、人が人を理解するのは、「知識」ではなく、「心」なのだということを、嫌と言うほど感じさせていただきました。

 

私がここで、私のことばに置き換えてご紹介することもできるかもしれませんが、それはあの時の彼らが発する、生命力あふれる「言霊」に対して、どうしても立ち向かうことができません。

それほどまでに、今回のすべての「声」は素晴らしいものでした。

 

大野理事長による、30年以上続く天使のお仕事の崇高さは言うまでもないことですが、部屋から出ることができずに一人苦しみ、誰にも本当のことが言えず、信じてもらえず、聞いてもらえなかった若者たちの、叫びにも似た今回の声。

自分には「価値」がなく、もう死んでしまおうとロープをかけ、首を通しながらそれでも死にきれず、そんな「淵」から「つばさ」と出会い、天使の存在に少しずつ心を開き、何年も何年もかけて、やっと卒業までこぎつけた。

それぞれが進学し、就職し、あの時には考えられなかった「未来」に生きている。

 

そんな最高級の「体験」をした子供たちの姿は、私にとってはとても神々しいものでした。

 

毎年この時期に行われる「子ども達のSOSを受けとめて」という勉強会にぜひ参加してみてください。

何度も何度も参加してみてください。

社会問題と言われはするけど、表に出られない子ども達のことをどうやって知ることができるでしょう?

つばさ学園という出てこられる場所があるということだけで、奇跡なのです。

 

そしてあの暗闇から自分の心を打ち破り、顔を出した子供たちが語る言葉のなんと鮮烈なことか。

きっと彼らには、崇高なお役目がこれからあることでしょう。

 

 

みっちり時間オーバーで終えた後(笑)、

移動して忘年会にも参加させていただきました。

僭越ながら乾杯のご挨拶をさせていただき、2-3時間のこの会を、20-30時間の価値あるものに変えるべく楽しみましょうと言わせていただいた通り、

その後私は、卒業生の若者たちをとっつかまえてはいろーーんな話を聞きまくり、どんどん彼らを巻き込みながら、最後は卒業生全員に対して、質問や提案などをさせていただくなど、まったくもって彼らにとっては迷惑千万なことをしでかしてしまうのでした。。

 

ごめんちゃい。

 

でもおいちゃんは、なんとかこの団体のお役に立つことがしたいと思うもので・・

頂いたヒントを基に、少しずつ実現に向けて頑張ります。

 

思いっきり観念・思い込みの心を粉砕された私の心は、あまりにきれいに粉砕されたものですから未練は残らず、すぐに新しいものが流入してまいりました。

それほどきれいに粉砕してくれる彼らのパワーは、同時にすさまじいほどの「創造力」を蓄えているのだろうなと思います。

 

彼らにしかできないことが、

これからの日本には必要なのかもしれません。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

うっとりする死

11月は仕事から何から人から洪水のような日々が多くて、少々自分を持て余し気味な状態でした。

何とかひとつづつ対応させていただいてまいりましたが、改めて自分という人間がこういう時にこそ「観察」できるものだなぁと再確認もできた次第。

恐ろしや恐ろしや・・  (笑)

 

そんな生きているからこそのありがたさを、また別の視点から気づかせてくれる言葉に出会いました。

染み入ってくる心地よさに、思わずうっとりしてしまいます。。

 

 

 

「生きるのも日常、死んでいくのも日常」

という死生観を表現し、多くの共感を得ていた樹木希林さんが、生前、長年の友人である京都現代美術館長である梶川芳友さんと交わしたやり取りの記事を見た。

 

「うらを見せて   おもてを見せて   ちるもみぢ」

江戸時代の良寛和尚の辞世の句についてしばしば語り合ったという。

希林さんは、「裏から始まるところがすごい。 年や経験を重ねても、人間は表裏を持ち続けているという本質を見抜いた人の句ね。こうありたい」

 

ふたりは別の句「散る桜 残る桜も 散る桜」も好んだ。

だれにも等しく訪れる死に、人は一喜一憂するが、終わりが決まらないのに、そこに至る生き方が定まるわけがない。

「そう考えると、心強いわね。 でも、死ぬことは誰かの心の中で生き続けることなんじゃないかしら」

 

近代日本画家村上華岳の描いた遺作で、若き日の釈迦が座禅修行する姿が描かれている「太子樹下禅那」は、

「官能性」「遊び心」と同時に「死への不安や葛藤」の相反する要素が同居している。

希林さんは京都に来るたびにこの仏画に向き合い、「孤独」について語り合った。

 

「独り生まれ、独り死し、独り去り、独り来る」

梶川さんが仏教の教えを語ると、希林さんは

「絆も信じすぎるとお互い苦しくなる。 孤の意識が人を育てる」

 

希林さんは61歳で乳がんになり、梶川さんも60歳のとき心筋梗塞で1か月間入院した。

病を経て、ふたりは別々のものだと思ってきた「生」と「死」が一体のものだと気づいた。

 

「病が不幸だけなんて。もったいない。がんは特に残り時間が読めるからありがたいわよ」

 

希林さんはがんを機に、「所有しない生き方」を選び、名刺一枚受け取らなかった。

それなのに、

2年ほど前、梶川さんは希林さんから「太子樹下禅那」の小さいサイズの複製画を求められた。

 

9月16日。

訃報を受けた梶川さんが駆けつけた自宅の枕元には、あの仏画がかけられていた。

 

梶川さんは「どんなに覚悟を固めていても死はどこか恐ろしい。 その時に、希林さんはすべてを心得た慈愛に見守られながら旅立ちたかったのかもしれない」と語った。

 

夫の内田裕也さんに触れた言葉もあった。

「共演者と合わなくて。あー疲れた」

希林さんは物事や人に対して厳しい人でもあり、電話でこうこぼすこともあった。

そんな時、梶川さんは釈迦の弟子の一人、提婆達多の話をした。

釈迦にたてつき、困らせる、みんなが彼を遠ざけた。

だが、釈迦は

「役立つ人だけがいいのではない。 困らせる人は己を磨く上で必要だ」と説いた。

すると、希林さんは

「くっくっ」と笑いながら言ったという。

 

「そういえば提婆達多は、私にとっての裕也ね」

 

 

 

 

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小さな旅

11日日曜日、朝食後、知事選・市長選投票に向かい、済ませたその足で石手寺参拝。

洞窟を抜けた裏道から山を登り、山頂に立つお大師様の像を拝む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一般の人は通らない直登のルートなのでいい汗をかかせていただく。

 

 

下りは一般ルートで、もひとつ裏側に抜ける。

そのままみかん山の中の道をてくてく歩きながら秋を楽しむ。

 

 

 

 

 

行けるところまで行き、折り返す。

 

 

また別の道に入り、石手寺裏へ帰ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま裏道を登り、伊佐爾波神社に感謝奉納。

 

 

 

 

 

 

 

おなかもすいたので、参道の階段を下って道後温泉本館前で鍋焼きうどんとビール。

温泉を見下ろしながら、観光客の姿を楽しむ。

どこかに旅に来たみたいに感じる。

 

店を出て、商店街を歩き、豪雨災害にあった吉田町のみかんを買い、道後公園の中のささやかな紅葉を楽しみながら帰宅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5時間ほどのお散歩であったが、結構楽しめた。

身近なところでもその気になればかなり楽しめる。

松山のポテンシャルは高い。

どんどん遠出も減ってくるかもしれないが、近場での楽しみ方も身に着けておこう。

ちょっと目先を変えれば、無限大に楽しめるのだから。