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くちびるに歌を持て 心に太陽を持て ⑮

11月に入って今までのところ、週末はすべてどこかへ行って何かやってる。

まあ遊んでいるのですが、私にとっては年間通してこの11月だけが、週末何もない月であるわけで(昨年末に無理やりすべての予定を排除した)、この時にやりたいこと、学びたいことに費やさないことには、また行動範囲が限られた月日に戻ってしまうわけで、必然、ここで行きたい所へ行き、会いたい人に会う訳です。

まあ来年からあいキャンもなくなりますので、自由時間は増えそうですが、実はそうでもなく、こうやって仕入れた真の情報から次から次へとアイデアが生まれてきているわけで、次なる自分のビジョンに向かっての行動はもう始まっています。

リアルに人に会うという行為、自分の感性にピンとくる人を選択すること、その場合、自分の経験や知識を捨ててまっさらの気持ちで相手を受け入れること。

これを心がけるようにしています。(もちろんできない時もあるが・・)

そうすると、自分のやって来たことや、していることの持ちうる弱点が、結構あらわになってくるから不思議です。

来週も素晴しい人に会う予定です。 心の底からギャフンと言いたいと思っています。 言わせてくれそうな人たちなんです。

世の中は広い。

自分がついつい世界の中心のような気持ちになって生きている時間がまだまだ多い私にとって、確実にギャフンと言わせてもらえる環境は、お金を払ってでも行かねばならぬのです。

心から凄いと思える瞬間。 息をのむ瞬間。

一生のうち、どれだけそう思えるのでしょう?   実は周りにいくらでも転がっているかも・・  ですよ。。

 

 

港町で      小檜山 博   (理念と経営より)

“15年ほど前、ある港町へ講演に出かけた。 ちょっと風邪ぎみで喉が痛く、駅で乗ったタクシーに聞いて町医者へ連れて行ってもらった。 飲食店街のポロビルにあるその病院には、60歳半ばくらいの男の医者と女性の看護師1人だけだった。

ぼくが入っていくと、先に1人だけいた男の患者が診療室へ入るところだった。 50歳前後に見えるその男は、セメントで白く汚れた上下つづきの作業服を着、ぼさぼさの髪をして髭もそっていない。

待合室はなく、ぼくは診療室前の廊下の壁ぎわにある3人掛けのボロな長椅子に掛けた。 診療室との間には扉もカーテンもなく、中の声が筒抜けだ。

医者の前へ座ったらしい男が腹が痛いと言っている。 医者が「酒くさいね」と言うと男が「当然でしょ。1日、15時間も稼いでんだから」とこたえる。

少し間があってから医者が「胃腸炎だな。痛みどめ注射して飲み薬出しとくから、栄養とってぐっすり眠るんだね」と言う。 すかさず男が「冗談でしょ。俺が出稼ぎにきてる間に、おっかあ別の男とくっついて逃げてっちまったんだ。俺、帰るとこないんだよ。これで、ぐっすり眠れるか?」と喚く。

医者の声はしない。 やがて注射がすんだらしく男が、「俺、きょうカネ持ってないんだ」と言った。 医者が「稼いでカネ入ってからでいい」とこたえる。 すると男がせせら笑いながら「先生、みんなにそんないいカッコしてんの。そんでみんな後でカネ持ってくるか?」と言う。

医者が「いや、ほとんど持ってこないな」と笑う。 男が「そうだろ。たぶん、みんなもうカネ持ってこないだろうな」と言う。 医者が「そんなことわからんだろ。10年後か20年後に持ってくるかもしれないだろ」と言った。 男の声はしなかった。

少しして医者が「私はしんじてるんだ」と言った。

ぼくは廊下で息をのんだ。”

 

 

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