青葉土地コーポレーション 青葉土地コーポレーション
ブログ
くちびるに歌を持て 心に太陽を持て  ⑫

はーと・ねっと・くらぶにおいてメンバーに常々繰り返し言っていることがある。  たくさんあるのだが、そのひとつに「仲間意識」とか「コミュニケーション」という表現で伝えている言葉がある。

遠い昔には同じ釜の飯を食ったり、同じ汗をかいたり、同じ苦労をしたり、同じ気持ちになれば自然と仲間を意識出来、兄弟のような日常の付き合いが頻繁にあったような気がするのですが、何となくこの10年やってきたにもかかわらずあまりこういう「意識レベル」に出合ってないような・・・ 。   まあ今と直接比較してもしようがないのは百も承知ですが、 その遠い昔の気持ちをまた思い出させてくれる今回の小檜山節。 お楽しみください。  ではよい週末を 。

 

『先 輩』   小檜山 博       月刊「理念と経営」 特集記事より

“高校の寄宿舎生活では一年じゅう空腹に苦しみ続けた。 食堂での食事は飯もみそ汁も茶碗一杯きり、貧農だったぼくの実家からの仕送りは二カ月遅れで、いつも舎監の先生に食費、授業料、生徒会費などを立て替えてもらっていた。

ぼくが小遣いを稼ぐ唯一の方法が日曜日だけ求人がくるアルバイトだった。 だが、寮生は68人いるのに求人は5人か7人と少ないため、ジャンケンで決めていた。

そしてここ半年くらいの間にきた、製紙会社の丸太を流す水路のゴミ掃除とか樽前山の中腹での除雪など二十回ほどの求人で、ぼくがジャンケンで選ばれたのはたった一回だけだった。

だからぼくは寄宿舎へきてから二年間、床屋へ行ったこともないし見たい映画がきても映画館へ行ったこともないし、一個十五円のオヤキさえ食べられなかった。

 

そんなある日曜日の早朝、寮長の「アルバイトだぞぉ」という叫びで、ぼくも廊下へ飛び出した。 今回は病院からA型の血液、1000ccの要望だった。 一人200ccで五人だ。 A型でもO型でもいいという。 ぼくはO型だった。 寮長が牛乳代が出るそうだと言い、ぼくはそれを一人100円くらいの現金がもらえると考えた。 勝ちたかった。

集まった18人中、14人のA型とO型でジャンケンになった。 ジャンケンをする生徒の中に、ぼくと同室でぼくより一年先輩の一人が入っていて、ぼくはびっくりした。 彼は毎月たっぷりの仕送りを受けていたからだ。 血を売る必要などないのだった。

ぼくはジャンケンに敗け、落ち込んで部屋へ帰った。 腹が減っていて、タイ焼き一個だけ買えるおカネがほしかった。

間もなくジャンケンに加わっていた先ほどの先輩が小走りに戻ってきた。 そしてぼくに 「おい俺が勝った。 コヒヤマ、おまえに譲る、行け」と言った。  ぼくは息をのんだ。 先輩はぼくのためにジャンケンに入ってくれたのだった。”

カテゴリ
月別アーカイブ
記事検索