青葉土地コーポレーション 青葉土地コーポレーション
ブログ
ことばのチカラ
2012年2月3日 | 雑記

作家の高橋源一郎氏が朝日新聞に寄稿されていた記事をご紹介したい。

私は非常に共感出来るところがあり、常々感じてきたことをとても素敵な言葉に置き換えてくれているので皆さんにも伝わりやすいかな と思った次第 ・・

 

”  重度の心身障害児(者)は、養護学校(高校)を卒業すると、自宅で暮らすか、入所施設に入るかの選択を迫られる。 どちらを選ぶにせよ社会から遠ざけられる。

映画「普通に生きる」http://www.motherbird.net/~ikiru/ http://www.youtube.com/watch?v=tYJQXPegR8A は、重症心身障害児(者)を持つ親たちが、子どもたちのために、通所施設(社会と交流できる場所を作ろうと奮闘する戦いの記録だ。

親たちは、制度・偏見・法律の壁にぶつかる。 けれど、最後に親たちは、自らが主体となって施設をつくる。 だから、この映画は、親たちの成長の記録でもある。

施設の所長は述懐する。 『この子らは私が見ないと駄目だから・・・といって囲ってしまったんでは、社会も育っていかない』

体も動かず、ことばも発することのできない心身障害児(者)が、親を動かし、成長させる。 そしてその親たちが、鈍感な社会を、また成長させてゆく。 常識とは異なり、弱い者、小さな者もまた、強い者、大きな者を育てる事が出来るのだ。

ぼくは、ここに教育のもっとも重要な本質、 相互性(互いに教え合う) を見た。

 

私立きのくに子どもの村学園 http://www.kinokuni.ac.jp/nc/html/htdocs/index.php?page_id=0 を取材した「教育のチカラ」は、狭い意味での教育を扱っている。

ここでは、学年がない、試験がない、通知表もない。 カリキュラムの中心はプロジェクトと呼ばれる体験学習で、こうむてん や 劇団きのくに がそのままクラス名となっている。 算数や国語と言った基礎教育は全体の1/3ほどしかない。 そしてここでは先生 と 生徒という呼び名がない。 ここでは大人も子どもも対等のパートナーなのである。 規則も、なにを学ぶかも、大人子ども全員が話し合う。

このラディカルな民主主義を原理とする学校を、社会から切り離された形ではなく、社会の認知の下に発足させることに、関係者は全力を尽くした。

この戦後初の、自由教育を行う公教育の場は、子どもを教育する場であるだけではなく、 何よりも民主主義が、単なるシステムではなく、それによって人が成長していく教育システムでありうることを学ぶのである。

・・・・・・・・・

非暴力抵抗運動の祖、ソローが歩くことを重視したのは、「英語における散策(sauntering)とは、聖地への巡礼を口実に各地を流転する人々に由来」し「ソローはそこに、どこにも帰属することなく移動しつづける民族たちの姿を見たかったからだと指摘する。

アメリカ公民権運動では、アラバマ州のセルマからモンゴメリーまでの87キロを5日かけて行進したことが名高い。 最初500人だった参加者は最後には2万5千人以上に膨らんだのだ。

インド独立の契機になった、ガンジーの塩の行進は20日以上かけて380キロを歩いた。 最初80人だった参加者は最後には数1千人になっていた。

ただの路上も学校になるのである。 いや、どこでも学びの場をつくることはできるのだ。

「反貧困・震災以降のNPO論」http://www.npoposse.jp/index.html のNPOの若者たちが震災という現場で学び、 「放射能離婚」http://www.wa-dan.com/article/2011/08/post-145.php や座談会「子どもたちの未来を守るために」http://kodomofukushima.net/ で母親たちが、苦しみと共に学んだことを伝えているように。

 

先述の親たちが作った施設「でら~と」http://incle.jp/~delato/ で、重症心身障害を持つ赤ちゃんを抱かせていただいた。

この世に「天使」がいるとするなら、この子かと思われた。

もっとも弱い存在でありながら、それに触れる者を、つき動かし、変えずにおかない力を持つ故にである。

それは、最良の「教師」の姿ではないかと ぼくは思ったのだ。”

 

 

私がなんで11年間もあいあいキャンプなんぞをやり続けているのか、  その理由の一部なりを他者の言葉の中に見たような気分である。

ずっと感じてきたこと、 思い続けてきたことであるがゆえに、 他者から同じ感覚を与えられると魂が共振する。

その瞬間、体の全細胞が歓喜し始める。

時々そんなことがあるから、  やめられないのかねぇ・・・ 。

いづれにしろ、 これからの日本の進む道、 真の復興は「教育」の中にこそあると思えてならないのではあるのだが・・ 

PS. 伝わりやすく言うなら、讃岐幸治先生が言うところの 「響育」 と言い換えた方がいいかな?

 

カテゴリ
月別アーカイブ
記事検索