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なっとくのそんたく
2017年7月8日 | 雑記

フレッシュリーブス一階に「凸凹舎」がオープンして一か月くらいかなぁ、などとお店で呟いたら「まだ二週間弱ですよ~」とのお返事。

正直面食らってしまった。

なんだこの落ち着いた雰囲気は。

なんだこの安定感は。

 

少し考えてみたらいくつか理解できた。

 

オーナー夫妻の気配り。 配慮。

人だけでなく、ものに対しても神経がいっている。

何でもかんでも深く考えずに対応されたのではこちらも疲れる時があるが、実に巧みにその人に合わせて配慮してくれていることが次第にわかってくる。

 

カフェはコミュニティーの場所でもあると同時に、ひとりを堪能する隠れ家でもありうる。

その時と場合をどう推し量れるか?

オーナーの力量である。

 

「忖度」(そんたく) のレベルが高いから落ち着くし、ここで長くやっているような錯覚までもたらしてくれる。

 

武者小路千家家元後嗣である千 宗屋さんは語る。

“ 相手のことを推し量る忖度は、本来、日本人の美徳であり、ひだのある深い心遣いのはず。

茶の湯は忖度の連続。 互いに心を推し量り合う。

江戸後期の茶人、松平不昧に「客の心になりて亭主せよ、 亭主の心になりて客いたせ」という言葉がある。

お互いに相手の立場に立ち、自分がされてうれしいことをしよう、それがお茶の極意だというのである。

 

逸話の一つ、

千 利休のもとに高名な茶人、津田宗及が雪の夜、急に訪ねてきた。

談笑していると、裏口で物音がして利休が席を立った。

亭主として家の者にわざわざ名水をくみに行かせていたのだ。

そこで宗及は、棚から炭斗を出して炉の火を直した。

そこに利休が名水の入った釜を持って戻ってくる。

本当は自分が整えるはずの火が整っている。

利休は釜をかけるだけでよい。

おもむろに「あなたほどの茶人を迎えてこそ湯を沸かし茶をたてる甲斐があります」と言った。

 

宗及が「では火を直しておきましょう」とか言っていたら面白くありません。

あえて言葉に出さず、気を働かす。

すごい緊張感ですが、それで互いの心がぴたっと合うところに茶人の境地があります。

 

お茶には型があるが、それだけではなく、気配を察するとか行間を読むとか、表れたことの間に潜んでいるものに本当の価値を見出すのは、本来、日本人の根源的な考え方です。

 

お茶の世界に上下関係はありません。

亭主と客、そして客のあいだでも、お茶の前では平等です。

年齢差や社会的な立場にこだわると、推し量り合いはなくなります。

それは忖度ではなく、一方的なおもねりです。 ”

 

 

コーヒーと抹茶の違いはあれど、

お茶の文化に違いはなさそうです。

居心地の良さは、

お互いの心づくしにあるようですね。

 

 

さて、ひるがえって見渡したところ、政治家の間では「忖度」がもてはやされているようですが、

はてさてだいぶ「意味合い」が違うような気がします。

政治家の皆さんはどうやら日本人ではなく、

どこかとおい国からやってこられた方々のようでございますね。

 

納得。

 

あっ、 いやいや納得できまへんなぁ。。  これ。

 

 

 

 

 

 

 

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