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よき人
2019年3月20日 | 雑記

こんな記事が目に留まった。

 

”   永世タイトル七冠を達成し、将棋界で初めて国民栄誉賞を得た羽生善治氏が、平成元年の初タイトル獲得から初めて、すべてのタイトルを失う「無冠」となった。

同氏には「前竜王」の肩書を用いる選択肢もあったが、あっさりと「羽生九段」の呼称を選択した。

「羽生九段」とは、一部のファンにとっては、天地がひっくり返っても受入れられない呼称だったのだ。なにしろ、平成元年以降、一度もタイトルを失ったことがないのである。

そんなファンの思いをよそに、羽生さんはあまりにあっさりと「九段」の称号を選んだ。

 

トップアスリートといえば、「ひたすらNo.1の座に執着して、目標達成のためにすべてを犠牲にする」というイメージがある。

ビジネスにおいても結果を出すため、揺るぎない意志や姿勢を持てと説く人は多い。

意外かもしれないが、羽生さんが推奨するスタイルは、むしろその逆で「いかにそれを手放すか」ということを説いている。

羽生善治氏が推奨しているのは以下の三点だ。

 

・客観的な目で見る

・楽観的に考える

・本当には大切でないものを見極め、手放す

 

驚くべきことに、これに加えて「幸せを実感するには、あまり高いハードルを設けないこと」なんて言葉さえ登場する。

 

生きるうえでの「客観的、楽観的、手放す」というこの三拍子は「簡単そうだ」「普通のことだ」と感じるかもしれない。

客観的に、楽観的にと口で言うのは簡単だ。 しかし、人は客観的であるどころか、なにかと自分の主観に都合よく考えてしまうものであり、1つひとつの結果に執着し、一喜一憂する。

そこで発生するのが、自分が持っていきたい勝負の流れと、相手の流れのぶつかり合いである。

こうしたゲーム観を踏まえて、しばしば羽生さんは「自力だけでは勝てない」「むしろ他力をいかに活かすかが大事」と説いている。

自分の流れ、相手の流れ、あるいはまわりの流れを客観的に見極めて、不要な荷物を手放すことはできる。

そうすることにより、本当に必要な流れに乗ることはできる。

氏の座右の銘、八面玲瓏の境地に至って初めて、そうした「ありありとした自分の姿」が見えるのかもしれない。 ”

 

 

 

まったくもって、羽生さんはすごいことを言っている。

本当の勝負師とは、高尚な僧侶や哲学家ともいえるのでしょうね。

私たちの日々の生き方に、最大級のヒントを与えていただいた気持ちです。

 

私が「本当には大切でないものを見極め、手放す」から連想したことは、

 

「所有」(と執着)

 

地位や名誉を所有する。

肩書を所有する。

お金や財産を所有する。

恋人や家族を所有する。

車や家、服に貴金属、あらゆる道具や雑貨品・・・ を所有する。

 

これらを所有すればするほど、維持しなければならない、まもらなければならない、失いたくない・・ という気持ちが生まれてくる。

そしてその気持ちに押しつぶされるように、

支配されるように「自分」を失っていく。

 

もともとは何も持たざる人で生まれてきたのに、

もともとは何も所有してなかったのに、

もともとは何も失うものはなかったのに、

所有(と執着)が始まったとたんに、「自ら」を失い始める。

 

そのことが怖いことだと羽生さんは言っているように思った。

 

 

「肩書」を所有するために将棋をしているのではないということを、

その激しい勝負の世界、強力なライバルの力を借りながら、

「気づき」続けてこられたのかもしれない。

 

気づかせてくれるよき人々と、

これからも付き合っていきたい。

 

 

 

 

 

 

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