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ボケとツッコミの関係
2015年4月5日 | 雑記

何かとお疲れ気味な方々が増えているようでございます。

もちろん私も他人事ではありませんが、私の場合その原因を少なからず理解して仕掛けていますのでまだましだと思うのですが、訳も分からず疲れている方とはいかなる状態であるのでしょう?

 

おもしろい記事がありました。

ミュージシャン・俳優であるマキタスポーツさん。

“ 今は、「一億総ツッコミ時代」だと考えている。

ちょっと人と違うことを言うと、ネットやSNSで叩かれる。 面と向かっては言えないような激しい言葉もぶつけられる。 あらゆる人が上から目線で、お笑いでいう「ツッコミ」を入れる社会になってしまった。

まったく知らない相手や問題にもツッコミを入れてしまう。

「イスラム国」なんか、普通の日本人はほとんど知らないけれど、つまらない正論を展開する人が一定数いるんです。 ドヤ顔で語って、自分がいい気分になるだけ。 「しょんべん正論」と呼んでるんですが、かけておしまいみたいな感じですね。

ツッコミの人はすぐ、「お前の立場はどっちなんだ」「白か黒かはっきりさせろ」という。

世の中はグレーで、白か黒かなんて決められない。 でも、冷静に思考するのはめんどくさい。 白か黒かの正論に逃げた方が楽なんでしょう。

僕がニコニコ生放送とかに出ていると、ユーザーがいろいろなツッコミを入れてくる。 全部相手にはできないから、スルーとボケをうまく使い分けるんです。 本当にむかつくコメントや単なる罵詈雑言は、相手をしてもしかたがないので、スルーする。 ただ、スルーばかりだとかえって拍車がかかる。

僕がからむことで面白くなりそうだと思えるコメントがあれば、ボケで対応する。 わざとやられてみたりすると、喜ぶんですね。 それを繰り返していくと、いわば魂が浄化されて、悪いコメントがなくなっていく。

ボケやスルーを身につけるには、まず、「自分は大したものじゃない」と自覚することです。

正論を言う人というのは、自分こそ正義だと思っているから、叩かれると逆ギレする。 正論に正論で返そうとするんです。 でも自分の正しさなんて危ういとわかっていれば、ボケたりスルーしたりできる。 他人を許せるようになるんですね。

本来のツッコミというのは、ボケを許すものなんです。 相手に対する愛や思いやりがないとツッコミとボケは成立しない。

ただ、いまあふれているツッコミには愛がない。 愛のあるツッコミならボケで返せますが、他罰的なヘイトのツッコミはスルーするしかない。

いまは、知らなくてはいけない情報が多すぎるんじゃないですか。 あらゆることをツッコミの対象にしようとするから、何でも知っているふりをしなくてはいけない。 でも、別にすべてを知らなくてもいいんじゃないか。 あえて情報をスルーして、視野を狭める。 知らないことを無理に語ったりせず、自分が責任を持てる、分相応のコミュニケーションをしていく。 一億総ツッコミ時代を生きていくためには、必要のない情報をスルーしていく力も必要だと思います。 ”

 

 

というものでした。

思い当たる節のある人も、共感同感できる人も、反論できる人もいろいろでしょうね。

しかしなんとなくこんな感じのボケ体験、ツッコミ体験をした人は多いような気がします。

特にネット社会を中心に生きている方々には・・

 

私は少しかじってすぐにSNSからも距離を置き、マスコミからも距離を置き、実にアナログな世界を中心に生きる選択をしておりますので、この件に関するリアルな体験はありません。

しかし「自分はたいしたものじゃない」という自覚がほとんどない人々にはたくさん出合って参りました。 それはそれは我がまま全開の若年層や中年層、高齢者は年々増加の一途をたどっていることは明白です。

その我がままという「状態」が作り出す、成果としての「状態」こそが、説明のつきにくい疲れや生きにくさにつながっているのではないでしょうか?

ではどうすればそうならない体験ができるのか? どうすればそうならない環境を作り出せるのか?

マキタスポーツさんの言うような対処の仕方ができる人はまれでしょう。 だからこそ、その対処対応ができるようになる体験の場所が必要だと思うのです。

何度も何度もブログで書いて参りましたが、そういうことに尽きます。

 

『相手に対する愛や思いやりがないとツッコミとボケは成立しない』

 

愛と思いやりを体験できる場所の一つとしても、現在進行中のブルーマーブル跡ビジョンは「意識」しています。

苦肉の策である前代未聞の賃貸借契約書には、本来あるはずのない言葉が並んでいます。(笑)

法律の大家には笑われること必至ですが、そういう仕組みを作ってしまったのですからしょうがありません。

独立した店舗オーナー5名が、1店舗を曜日や時間割によって利用するという、一人であり、チームであり、全体が成り立たなければ自分も成り立たないというシステム。 自分が生きなければ全体も生きれないというシステム。

さしずめ「あいあいキャンプ」のビジネスバージョンということなのですが・・

うまくいってもいかなくても大丈夫。

 

私の考える方法で、マキタスポーツさんの言わんとしていることを一人でも体験できるようチャレンジしてみようと思います。

 

そしてそのムードにつられた縁ある人々が集まり、自然に疲れを癒し、生きにくさから解放されますことを願っています。

 

 

 

ボケとツッコミの場所づくりはもう少しで離陸なのですが、 もうちょっといろいろありそうです。。(苦笑)

 

 

 

 

 

 

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