けっしてことばにできない思いが、
ここにあると指さすのが、
ことばだ。
長田 弘
死んだ人は「どこにもいない」のではなく、「どこにもゆかない」のだと、詩人は言う。
死んだ人は私の記憶の中にあって「年をとらない」。
そうと知って、歩くことをやめた。
ここが「いちばん遠い場所」だと気づいた。
死んだ人、話すこともなかった人ともここで語らうことができるようになったと。
言葉になりえないものを大切にするために言葉はある。
考えたり、思い出したりすることも、実のところ「ことば」によって支えられている。
あの世に行けば、「ことば」は必要ないのかもしれないが、少なくともこの世でのことは「ことば」で変換されつつ「理解」したような気持でいることがほとんどであろう。
なくなったものを、探し求めてさ迷い歩くのではなく、
「ここにいた」ことにまずは気づき、
自らのことばでもって語り掛けることで、
いつでも「会える」という。
見えない存在と会うために、語り合うために、
そのために、「ことば」はあると言ってくれている。
言葉になりえないものを、大切にするために言葉はある。
う~ん、
目の前の存在にさえ「ことば」を使えていない私は・・・
それ以前の問題を抱えているとしか・・
やばくない?