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主体者の決断
2017年6月6日 | 雑記

 

 

 

6月4日の日曜日はNPO法人由良野の森の設立総会でした。

約14年間、任意団体として森づくりや子供たちの体験事業にいそしんできたわけですが、管理人である鷲野一家が経てきた道のりは、到底語りつくせるものではないご苦労があったと思います。

私も個人的楽しみの場として、ツリーハウスなどにお泊りしながらたき火を楽しんでまいりましたが、そこから垣間見える世界は、夜中や朝方まで羊やヤギの世話に明け暮れている鷲野一家の現実世界でした。

自然との共生を理念とする創設者からバトンをもらい受け、まさに挑戦の毎日だったろうと思いますが、理想と現実のはざまをいやというほど味わったことだろうと思うわけです。

現場として・・

 

多数の会員は、理念に共感はするものの、都合のいいイベントがある時に遊び気分で来る感覚ですから、よもや鷲野一家がこんな苦労までしてこの環境を創ってくれているとは「想像」することすらできなかったと思います。

これはしかし、体験経験がないものにとっては致し方ないことでしょう。

想像するためには、必要最低限の「体験」が必要なのですから。

相手の気持ちを理解するためには、相手と同じような境遇を体験するしかないのですから。

基本的には。

 

そしてこのギャップは時とともに益々広がりを生み、意識の格差は絶望的なところまで行くはずでした。

並みの人なら。

 

ところがまあ辛抱強いというのか、アホというのか、鷲野一家はその環境下で黙々と生き続けてきたわけです。

もちろんその中身はすさまじいレベルの出来事が起こっていただろうと想像するわけですが、真っ正直に理念の実現のため生きてこられたわけです。

そして考えに考えた末、やっとの思いでNPO化し、改めてその理念のために、主体的に行動したい人のみ会員となり、皆でその環境を創っていくための仕切り直しに着手されたのだと、私は理解します。

 

してもらうことが目的の依存者会員がいくら増えても、何も創ることはできません。

どこかのテーマパークと勘違いしている人だけが集まっても、何も楽しくはありません。

私にとってつまらないイベントが多いのは、参加する人も含めて体験し、育ちあおうとしてないからです。

受け身の人たちが何千人集まろうが、私にとっては苦痛以外の何物でもありません。

だからイベントに行かなくなったのです。

 

今回のNPO化はかなりの冒険です。

これで百数十人いた会員がすさまじく減少することでしょう。

しかし、

あえて鷲野代表はその道を選んだのだと思います。

その部分が伝わらないのなら、なくなってもかまわない。

 

その覚悟を感じます。

 

このキーワードは、しかしほとんどの団体において意味のあることだと思っています。

主体者が組織されない限り、真の活動にはなりえない。

 

 

 

 

 

 

さあて、

新生「NPO法人由良野の森」は、どんな世界を創っていくことでしょう。

私も一会員として、何をするのでしょう。

法人である以上、経営できなければ倒産、解散を余儀なくされます。

会員という名の社員たちは、自らの会社のために何を考え、どう行動していくのでしょう。

正面から問われ始めます。

 

ゆるりとくつろぎに行っていた私に居場所はあるのでしょうか?

いえ、

その居場所と環境を自分で創れということでしょう。

はてさて、私はどうするのでしょう?

来年春にはいよいよ卒業しているかもしれません。

 

冗談ではなく、自分はどうするのかを真剣に考えるチャンスがここにも作られたということでしょう。

 

いろんなことを整理してきた私にとって、新たに始めることと、終いにすることの選択を今一度行う機会にしたいと思います。

いつまでも同じように続けることはできないのですから、

今の自分にふさわしい環境を、

自分自身に与えたいと思います。

 

自分の人生の主体者として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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