さて、 何人かの芽吹きをご紹介させていただいて参りましたが、どうしても忘れてはならない人花さんたちを、ご紹介させていただきます。
昨年私があいあいキャンプを終了すると決めてから、それはそれは、こう見えてもいろいろと考えて参りました。
来年のキャンプを心から楽しみにしているキャンパーさんや保護者さんの気持ちを考えると・・ やる気でいる何人かのスタッフのことを思うと・・ それは正直無神経ではおれません。
しかし、現在の大学の体制なり、学生気質やスキル、会社体制などを見つめますと、どうしても現状維持さえままならない未来が透けて見えるのです。
自分自身心を鬼にしながら、あいキャンの後のあり方も模索しながら、かつ漠然としながらも本能的にある準備に取り掛かっていたのでした。
まずは次なる世界、あいキャンの次の世界を創っていこうとする、それにふさわしいスタッフがいるかどうか? それを確認するための仕掛けでした。
締め切りを設け、次なる代替案を提出するスタッフが現れるか否か?
締め切りのその日、 1通のメールが。
内容は、 「考えに考えたけど、あいキャンの理念を考えれば考えるほど、今までのあいキャンというシステムはどこにも無駄なものはなく、また置き換えることが難しいもので、むやみに変換しようものなら、それこそ理念をないがしろにしてしまう。 こんなにも当たり前のようにやってきたあいキャンというシステムは、すばらしいものであったということを、今回改めて認識することになったのだが、同時に代替できうるものが全く見当たらない、現在の自分ではどうしようもない・・」
そんな内容だったと思います。
まことに正直で、真摯な内容に、私は素直に感心しました。
こんなにも大真面目に理念を想ってくれながら、考えてくれていたことに感謝しました。
本当のところをいえば、私はもっと簡単なレベルで予想していたのです。
たとえば1年に一回、みんなで自炊デイキャンプしよう・・ なんていうことでもよかったのです。 これからも会いたいという純粋な気持ちさえ実現できることであれば・・
そこからまたみんなでつくり上げるという機会さえ失われないのであれば・・・
それを彼は、私がことあるごとにスタッフに伝え続けた理念という核心の部分を、いつの間にかきちんと大切に扱える人に育っていたのでした。
彼は学生時代から、足かけ7年間のあいキャン生活。 社会人になり、その環境の変化の中でも果敢にチャレンジを繰り返し、青春の多くをこの活動に費やしてきた猛者でありますが、さすがにこのレベルまで育ったものよなぁ、 というのが正直なところです。
代替案自体は出てこなかったのですが、もうこの時点で私はOKです。
彼と二人で、はーと・ねっと・くらぶをやっていくことを、この時私は決めたのでしたが、彼にはしばらく連絡せずに、ほっておくことにしました。
さぞかし、案が出なかったのでもう駄目だと思っていたことでしょう。 でもこの余白に意味があるのよねぇ。。
さて、 それとは別にもう一つ仕掛けてきたことがあります。
はーと・ねっと・くらぶとは全く異なる居場所ができないか、ということです。
どうしてもはーと・ねっと・くらぶのままだと、あいあいキャンプの影が付きまとうことになり、おのずとその活動は比較することに終始してしまうだろうと思ったのでした。 だからこそ、別な居場所や環境が生まれること、 今度はスタッフとキャンパーという関係ではない、皆がスタッフであり、キャンパーである環境が必要なのではないか? そんな風に感じていたのでした。
そこで私は事あるごとに、飲み会の時々に、朝方まで、何度でも、何度でも、次なる環境を生み出せるのは今だけなんだと、あの手この手で仕掛けてきたのです。
それは決して直接的に表現しては元も子もないことですので、あくまでも遠まわしに仕掛けざるを得ないのですが、これが大変なのです。
私の仕掛けの中から、何かをヒントに自らが気づかなければならないのですから。(主体的に) しかも、今度は私の下ではなく、自分で何かを立ち上げなくてはならないのですから・・
たとえ気づいたとしても、言葉に出して、行動することはメチャクチャ勇気がいるのです。
言ったが最後、とてつもない責任が、勢い襲いかかるというスリルとサスペンスに満ち充ち溢れた人生が保障されるのですから。
私が逆の立場であれば、アホのふりして、決して近寄らない選択をしたであろうことは明白です。
外部の方にはなんのこっちゃでしょうが、私たちにとってはそんなことなんです。
そんなことなので、このことに対しては無理だろうなと思っていました。
数十時間に渡る仕掛けは、悔いのないようやって来たので、やるだけやってあいキャン完全終了なら仕方がない。
これもご縁だときれいさっぱり流してしまおうと思っていました・・・
そして彼女は現れたのでした。
足掛け9年という最長在籍期間を誇るそのリーサルウェポンは、私をもってしても半々以下の確率の中、見事にアホのふりせず大真面目に、メチャクチャ緊張感のオーラを全身から漂わせながら、仲間の前で、それもたった一人で立候補したのでした。
この時の彼女は外部的に見るならば、なんて格好の悪いヒトでしょう? というところだと思います。
おどおどしながら、所在無げに、うつろな目は泳ぎっぱなし・・・
でも、しかし、 少なくとも私にとってはまさに 「ジャンヌ・ダルク」 そのものでした。
飛び交う矢をものともせず、味方を鼓舞するために最前線で旗を振るジャンヌ・ダルクです。
ここにもまたリーダーのかけらがいました。
彼女は仲間たちの次なる居場所を「あいコミュ」と名付けました。
そしてキャンパーや保護者さん、サポーター会員さんに心から呼び掛けた結果、18家族の賛同者を集めました。
どんなことができるのか、誰もわかりません。
何をするのかさえまだ分かりません。
でも、
しかし、
何かをしたい、 するべきだと思う家族が手を挙げました。
キャンパーの中には自ら障害がありながらも、今度は誰かのために何かをしてあげたい、喜ばせてあげたいと声を上げた子どもも複数います。 しかも今度はスタッフになれるとやる気満々。
お母さんの中には、自分の家族の生活だけでも大変なのに、出来る限り手伝うからと言ってくれた方もたくさんいました。
サポーターさんもしかり。
そうなんです。
ここには今度こそ、誰一人依存者がいないのです。 (今度こそ多分・・)
ここには主体者として、能動者として、自分以外の人に何かをしてあげたい人だけがいるのです。
いつの間にか、 本当にすごいことなんだと思うのですが、 いつの間にか、 あいキャンの理念を言葉ではなくとも、 心に満ち溢れさせている人たちの集まりになっていたのです。
本心でいいます。
最高の人々です。
お金儲けができなくても、
社会的名声がなくとも、
肩書さえなくても、
私は知っています。
あなた方はとても素敵な人々であるということを。
あいコミュがこれからどんな風に育っていくのかはわかりません。
半年持たないかもしれません。
でも、
それでもいいじゃないですか。
彼女の勇気が、今日という日を創造したことだけは、消しようのない 『事実』 なのですから。
すなわち、それだけのプロセスを創造したのですから。
何も創らない人よりも、 創ろうとしない人よりも、 それだけで素晴しいのです。
私はずっと、結果が問題なのではなく、 常にプロセスだけがすべての根源であると言い続けてきました。
スタッフは百万回の耳たこです。
また言います。
今、私たちはプロセスを創造しているか?
人生の奥義だと感じます。 というか、それが人生と呼ぶ代物のような気が・・ そこから生まれる結果はおまけのような・・ (ただし私は未熟そのものなのでつっこまないように・・)
こうやってまた1年、新たな世界が創られようとしています。
今度は、私なしで・・ しかし、今度は私以外のとても素敵な愛媛の人々と共に・・
私の知る限りのステキな人々を、ジャンヌ・ダルクに伝えていこうと思います。
そして、 そこからまたあいコミュのステキな人々へと・・
ステキな能動者さんたちが集まり、そのエネルギーを大いなるもののために使えたならば、決して一人では叶わなかった何かが、いつの間にか叶っているかもしれないなぁ・・
誰かに依存するのではなく、 誰かのせいにするのではなく、 自分たちで、 自分のほしいものを創っているのかもしれませんねぇ。
知らない間に・・
楽しみながら・・
そんなきっかけの入り口が、あいコミュになるのかな?
はーと・ねっと・くらぶは、しばらくの間、あいコミュを支援します。
そして、 自然に次なる展開が用意されていくことでしょう。
その時を、 そのプロセスを、 楽しみたいと思います。
はーと・ねっと・くらぶの彼こと、パックンと、
あいコミュの彼女こと、マギーと共に 。
この機会を、
自らの勇気と決断によって創りだしてくれた二人に対して、
感謝申し上げます。
瑞々しい芽吹きに、朝露の雫が輝いている・・