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国民の度合い
2019年9月30日 | 雑記

消費行動研究家の辰巳 渚さんが指摘している。

 

“ 家庭で子どもがお手伝いをする機会が減っている。

家電の普及で必要なくなったり、それよりお勉強をと考える親の意識の問題がある。

そもそも勉強だけしていればいい、と育てられた世代が子育てしているのだから、手伝いをさせる意味も、ノウハウもわからないというのが実際のところだろう。

 

子どもが自分の身の回りのことができるようにしてあげるのは親の大切な仕事。

一人で生活できたり、周囲と良い人間関係を築けるようになることは、一人前になるために欠かせない。

お手伝いはそのための一番の近道。

 

自分でやった方が早いと考える親も多いはずだが、それでは自立の邪魔をしているようなもの。

身体を使った生活体験は、考える力も育てる。

お湯を沸かす手伝いは、鍋の水がぐらぐらしてきたら、湯気が出てくる。

そのうちふたがカタカタ音を立て始める。

こんな体験のある子は、あれくらい熱くなって湯気が出るんだと実感する。

単なる知識で知っているのと違って応用範囲は無限に広がる。

 

料理で野菜を切るのも、身体と心を集中させることで発見がある。

段取りする力、失敗から工夫する力、人や道具から求められていることに気づく力・・・

状況に応じて、「次は何をしたらいいか」と考えることで生きた学力も育っていく。

 

やったことが自分に返ってくることもだいご味だ。

掃除できれいにした後、お母さんから「ありがとう」と言われる。

料理で家族から「おいしい」と喜ばれる。

 

こんな経験を通して、子どもの中に、自分は役に立っている、ここにいていいんだ、という自己肯定の気持ちが生まれてくる。

 

こうした自尊感情の欠落が、様々な事件を生み出していることを考えれば、意味の大きさがわかるだろう。

 

勉強だけしていればいいのよ、と言われた子どもは、勉強が出来なければ、たちどころに心の居場所を失う。

 

問題は親だ。

 

心の余裕がないから、子どもの体験をじっくり見守ることができない。

子どもに包丁を持たせるとき、口では見守ると言いながら、実は見張っている。

じりじり、いらいら・・、つい手が出る。

 

ほったらかしにするくらいでちょうどいい。

親は一生、子どもについているわけにはいかない。

 

子どもは、自分が任されたと思えば、頑張ってやる。

できれば、もっとできると意欲もわいてくる。

自分の力でやった自信が、自立の力をはぐくんでいく。

 

子どもの出番をどう作れるか、

親が問われている。 ”

 

 

 

親元を離れて3泊4日間、子どもたちと学生ボランティアだけで生活体験をするボランティア活動を主宰し、12年間行ってきたが、まさに辰巳さんの指摘する「体験・経験」をさせてあげることに特化したものであった。

 

失敗しようがどうしようがおとがめなし、子どもたちは自らの「選択」と「決断」そして「行動」によって「自己完結」を体験する。

言われるままにやらされたのでは「自己」が見当たらず、「当事者」になりえないから「責任転嫁」に逃げたりする。

自分が主役になれれば、当然面白くなる。

周りには自分より年下の子どもがいたり、様々な障害を持っている子もいるが、みんなそれぞれに頑張っている姿に刺激をうける。

 

なんでも挑戦していいよという「環境」があり、「結果」や「成果」を強要されない、評価しないという「ルール(約束)」があれば、子どもたちは少しずつチャレンジを恐れなくなる。

この「環境」さえあれば、嫌でも子どもたちは成長する。

 

これが毎日できる環境は、「家庭」である。

評価が付きまとう学校ではなく、安心して失敗ができる家庭である。

 

ところがいつのころからか、

「家庭」がおかしくなってしまった。

 

余裕がない?

 

それだけで済ましてしまおうとするならば、

来る未来は、

間違いなく「依存者」集団の国になっていることでしょう。

 

もうだいぶ進行しているようですが、

さて私はそんな中、

どのようにしてこの国という海を渡っていくのでしょうか?

 

それもある意味、

面白いのかもしれませんけどね 。。

 

 

自分の変態度がどんどん向上しているような・・  (笑)

いややわぁ。

 

 

 

 

 

 

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