青葉土地コーポレーション 青葉土地コーポレーション
ブログ
悩ましきは私
2011年12月14日 | 雑記

剣道教士八段、加茂 功師匠の今週の一言。

“うまくなろうという気持ちで練習する”

当たり前すぎて、何をいまさら・・・    というのが大方の見方ではないでしょうか?

しかし、 はたしてそれができているのでしょうか?

この剣道形の一動作に私は心からうまくなろうと心を込めて、気を込めて一太刀を打ちこんでいるでしょうか?

毎週この曜日のこの時間にはここに来て、いつものメンバーといつもの形を、まさに型どおりこなしていればいい。

そんな風に考えたことはなかったのかと言われれば、 ありました。   というしかありません。

57年間剣道一直線で、休日も何もかも後進の指導やリーダーとしての責務にボランティアとして従事し、 その環境下でも修練を怠らず、 「上限はなし」と心に決めて日々本気の本気で生きてこられた方が言うところの、 「うまくなろうとして練習する」 という言葉は全く別の波動として突き刺さってきました。

 

それはとにかくこの師匠という人間が、本当に手を抜かず、心から本気で一瞬一瞬を生きているという姿を見せてくれているからです。

一太刀が単なる素振りでさえ生きているのです。

形ですので寸止めですが、 切られて腕が落ち、 腹を切られて内蔵が飛び出るのが分かります。

こんな人と、 この時代に出会えるだけで奇跡だと思いますし、 ありがたいと思います。

そんな後ろ姿に惚れ惚れしながら、 一緒に居れる喜びに浸っていましたが、 実のところ身体はかなり大変な状態になっていたようです。

ドクターからは 「~しないように」 と言われてはいても、 いざ練習が始まると本気でやる。 そしてあとで大変なご苦労をなさる。

そんなことをお話してくださいました。

 

だからこそ、なおさら先の言葉が身に沁みます。

「うまくなろうとして練習する」  ・・・ 今という瞬間にその気持ちでやり続けなければ、 いざという時、 もうお手本は無いかもよ、 とも聞こえるのです。

いつまでもあると思いなさんな、今いるこの時こそ最高の学びの舞台、 その気がなければ来ても無駄。

 

ついつい楽なように考え、 集中力を切らし、 今という宝物を見失う、 今だこのレベルかと心底情けなくなります。

しかし、 師匠は続けます。

過去の名だたる道を貫き生きた人は、 死ぬまで自分に満足することはなく挑戦し続けた。  名声を獲得しながらなおも修業は一生では足りぬ、二生ほしいと言った人の話もしてくださった。

それほどの人がそれほど挑戦しても挑戦が終わることはないほど、 人生は深く、広く、高く、用意されているということであろう。

しかるに私のような中途半端な小僧ごときが、中途半端な気持ちで練習してたのではやらない方がまし、 ということにもなるわけです。

 

来年から稽古の時間は半分になります。 師匠の身体に合わせた配分だそうですが、それでも超人的なスケジュールです。

「とりあえずここまで来たら後は自分次第、 自分で考えて修練せよ」

温かく、深い言葉です。     これから本当に自分自身が試されることでしょう。

 

しかし、    なんかこんな世界に、 なんでかこんな世界にたっぷり浸かってるような気がしてならんのよね。 あいキャンといい、SEEDといい・・

ひょっとして 、  性格?  輪廻?  何?  なに?  ナニ?      そんなにダメ人間なん? オレ?

まあまあ悩むなぁ、  ホンマ。

『そんなことで悩むくらいわかっとらんちゅうこっちゃ、 アホ』

とかなんとか師匠の声が聞こえたような ・・・ 聞こえないような ・・

カテゴリ
月別アーカイブ
記事検索