青葉土地コーポレーション 青葉土地コーポレーション
ブログ
悩みと迷い
2011年11月17日 | 雑記

11月7日「想いの交換」のブログであいキャンスタッフの卒業か? 継続か? の選択環境下での試練に触れたと思うが、 ここで少し気になったことがある。

果たしてこの若者たちは自分たちのおかれた環境の中で、本当に悩んだ挙句に選択出来ているのだろうか? それともただ迷った揚句に答えを出しているのだろうか?

 

先日、松下電送(株)の社長、会長を経てパナソニック(株)終身客員であり、数々の公職を兼務されている木野親之さんの文章に触れる機会があり、  「はっ」としたのだった。

木野さんは経営の神様、松下幸之助氏の下でその言葉や行動に寄り添いながら成長された方なので実に実践を基にした見識に溢れる方である。

その木野さんの言葉とは・・

“「迷うを凡夫という」と仏法では説いている。 たとえば結婚を例にとれば、3人の気になる娘がいるとして、どの人と結婚するのがいいかなと思うことは迷いである。

そうではなく、3人の女性の中で、この人と自分は結婚したいのだが、断られる。 しかしどうしたら結婚出来るかと一生懸命に心を尽くす。 これが悩みである。

つまりどれにしようかは迷いで、悩みは自分の目的を達成するためのものである。 国家試験に合格したい、売上目標をクリアしたい。 そういう目標に向かってやり遂げるために心を尽くすことが悩みである。 だから悩みとは前進することでもある。 心を尽くせば悩みは必ず解決する。 その時人は一つの壁を破るわけですから、前進しているのです。

大切なのは「よしっ、やろう!」と決意して前に進むことです。 ところが、一旦決意しても、次の日には「ああは思ったけど、果たしてやれるかなあ」という気持ちが出てきたとする。 その時にはもうバックギアに入っている。 自分が決意したことを自分で打ち消しているわけ。 その瞬間にそこでは迷いが生じている。 もう後退していくしかない。

迷う人は自分を信じていないとも言える。 逆に悩む人は自分を信じている。 前向きに挑戦していく。 それは自分を信じてないと出来ないこと。 だから「必ずできる」と強く思い切り、心を尽くしていくことが大事である。 できるかできないかというのは、すべて迷いです。

私たちは常に一人ひとりの生身の苦悩に向き合うことから出発している。

スイスの哲学者ヒルティは断言している。

「試練(悩み)は、将来我々の上に咲きいでようとする新しい誠の幸福の前触れである」 と。

また、松下幸之助は 「悩みの数だけ成功がある」 と。”

 

 この文章に触れたときにふと思ったことがスタッフの中に迷って決めている人はいなかったのだろうか? ということであった。 

私はそのブログの中で 「真剣に悩む機会としてその環境を用意している」 と表現している通り、悩むことを前提としているのだが、この悩みと迷いを混同している人はいないのだろうか? と思えてきたのである。

悩むことはとても大切なことで、木野さんの言葉の通り前向きな方向性があるのだが、 迷っているのであればすなわち方向性がないのである。  したがってその判断や決意の後でも実際は「迷子」の状態に変わりはなく、後悔や未練を引きずりながら生きていくこと請け合い、 ということになる。

その両者の違いを若者はきちんと理解しているのだろうか? 理解したうえで決意したのだろうか?  そのことが少々引っかかり、心配になった というのが本音のところでありました。

まあ、 これも余計なお世話といえばそのとおりですし、 どこまで言っていいのやら・・・ です。

老婆心でございますが、 参考になる方がいるやもしれませんので、とりあえずこの場をお借りした次第。

おそまつでした・・・ 。

カテゴリ
月別アーカイブ
記事検索