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最終回は未来につなぐ
2013年12月14日 | 雑記

先週7日の土曜日、午前10時より開催された第4回「鹿島の森と島をつくるシンポジウム」は、鹿島の隅々を見て回ることから始まった。

特に鹿島裏手の木々の立ち枯れた場所や、そこから風雨によって侵食された現状などをつぶさに見て回る。

一度立ち枯れてしまうとその後どうなるかをみなで共有するための狙いがある。

そうやって正午まで歩き続けた。

海とcafeで昼食後は、いよいよ第2部「最新の林業育成管理手法から鹿島の森を考える」である。

正直、このテーマだけでは何もピンときていなかったのだが、お話が進むにつれ、これはすごいことをやっておられるのだと本当にびっくり仰天した次第。

このような方が愛媛に居たことに素直に感謝いたします。

さあ、それはどのようなものであったのでしょう?

 

コーディネーターを務められたのは、東京大学大学院を卒業後、愛媛県にて長く林政に関わり、退官後、森信林業株式会社の代表取締役専務、ならびに愛媛大学大学院森林環境情報特別コース客員教授に就任された、森信光夫氏です。

最新の森林育成管理手法とは?   私のレベルでどこまでお伝えできるのかわかりませんが、とても参考になる方もいらっしゃると思いますのでご紹介させていただきます。

 

出だしは専門的な知識がなければ、その世界の人でなければちと理解しがたい部部もありますので省略。。

“ 日本には明治16年まで国土の詳細な地図がなかった。 あったのは伊能忠敬の地図は海岸沿岸地図のみで、内陸の情報はなかった。 ロシア、アメリカ、ヨーロッパ等の外国の侵略に備えるために、当時の世界水準で国家の威信をかけてつくられた地図がある。 そこから見える世界は、人家と農地以外は見渡す限りの原野。 萱や身の丈以下の雑木、松類、草地が混じる広々とした光景で、現在の阿蘇山の裾野に広がる草原のイメージ。

この光景が見られる時代はおよそ3-400年間続いてきたと思われる。 そこから100年あまりでこれだけ手のひらを返したような森林の変化があった。 すなわち、森林は不変ではなく、ダイナミックに姿を変える。

原野草原には日用の燃料となる木々や枝葉も少なく、山林面積により人口が決まっていたのではないか?

それが、縄文時代早期1万年前の人口が約2万人。 800年が700万人。 1000年が1000万人。 1600年が1600万人。 1880年(明治13年)が3600万人。 1920年(大正9年)が5600万人。 1950年(昭和25年)が8400万人。 現在1億2000万人。

人口爆発や、農業の発達に伴う鉄器への転換とそのための製鉄に必要な森林伐採、戦国時代における城郭、戦争施設、寺社仏閣建設、昭和の国家総動員法による国防目的のためにより森林からの資源の収奪も激しいものとなっていく。

そして、大災害等の被害などにより国民の生活基盤にも影響が出始めたことから、昭和23年に国土緑化事業による「みどりの週間」復活。 全国植樹祭開催。 国民運動として大造林ブームへと。

その後の木材価格の高騰もその動きに拍車をかける。

戦後まもなく(昭和24年・山林土地・反当1083円、昭和27年・反当2867円、伐木造材夫日当465円)

木材輸入自由化(昭和38年・反当19475円、日当902円)

バブル経済(平成元年・反当82252円、日当7249円)

平成17年(反当59991円、日当10720円)

昭和20年代の山村にとって現金収入は貴重なもので、森林には人があふれかえっていた。 農業の収入をほとんど超えており、戦争から帰ってきた大勢の働き手の失業者対策にもなっていた。 大いなる労働吸収量。

 

現在40-50年生のスギ、ヒノキの人工林が470万ha。 日本の歴史始まって以来の前代未聞の巨大な森林資源(2億6500万㎥)が蓄積。

ただし人工林の保育は知識としてあれど、「規模」が前代未聞ゆえ、

間伐ひとつとっても、誰が、どんな方法で、どのくらいの規模で行うことが出来るのか、

資源を森林から市場までどうやって搬出運搬するのか、

どのような使い方で、どのような需要を満たせるのか、将来目標とする森林をどのような方法で管理しながら実現していくのか、

これらの問題は現在進行形で試行錯誤が続いている。

 

人工林がほぼ等質で一斉かつ大面積で造成され始めた昭和26年に「森林法」が改正され、政策体系が示されてきたが、今まで一度も森林所有者の果たすべき役割、あるいは森林所有者が守るべきモラル、権利と義務について明確な説明がなされたことはない。 繰り返し言われるのは、「集約化・団地化」のみ。 白紙委任状を出すに等しい行為のみ求められてきた。

 

①森林所有者はどのような森を作ろうとしているのか?

②現在そのプロセスの中でどの部分を実行していくのか?

③森林資源は何時、どのような形で、いくらで供給できるのか?

④森林が維持してきた社会環境財としての能力を現在どの程度発揮できているのか?

 

これらを林家が自ら説明する場面は、政策レベルでは想定したことがない。

超長期の事業を続けるために、林家自らが社会に対して、環境の保全や森林資源の提供について説明責任を果たし、理解を得た上で社会的支援を受けることが必要なのでは?

また、森林資源を直接利用する産業界に対しても、自らの責任と果たすべき義務を、定量的にはっきり理解できるように説明し、森林資源のサプライチェーンの中に、もっとも必要な中枢として位置づけられることも大切。

 

もし森林に木がなければ、多元的な森林機能を発揮することも出来ないし、林業の循環的経営も出来ない。 持続可能な森林を管理するためには、どこに対しても目に見え、誰もが納得するだけの説明責任を果たすことによって、社会のそれぞれの分野から、公然と役割と価値と位置づけを認められ、必要とされることが大切。

そのようにして必要不可欠なものとして認められ、求められる状態になればこそ、木を守り、森林を守り、林業を守るための最大の「安全保障」になる。

 

具体的に私たちが取り組んだこととして、父から山の管理を引き継いだ後に地図をつくることから始まる。 古い社員も、現地での境界は覚えているが、記録にある手書きの図面と地形図を照らし合わせても縮尺もわからず、全体の形も違うため説明が出来ない。

そんな中境界に杭を打ち、周辺写真や高度計やらGPSやらで地図に落とし込むという地道な作業を2年半続け、500haの調査を終える。

私のところでは約半分が40-50年生のスギ・ヒノキでしたので、搬出間伐を行って、なにがしろかの収入を得ることが出来た。 それからヘクタールあたり200mの車道を開設しながら一気に団地の間伐に取り組んだ。 現在では300haの人工林に4万5000mの作業道ができている。

一番効果が現れたのは伐採搬出コスト低減で、この結果を見てからなんとか林業を持続的に継続できるのではないかと思えるようになった。

予想外の効果として、間伐と路網の出現によって山全体の姿が完璧に変化し、その山に対する「印象」が良い意味で変わる、明るくフレンドリーに変わってしまうことに気づいた。 おそらく植生や虫、動物などの生態系も良い方向に変化しているのでは?

そして、平成18年にオルソ空中写真を知る。 写真につきものの周辺ゆがみを補正した、地図と重なるよう調製されたもので、15年程度のスギの木であれば一本ずつ判別できるし、新植地であれば苗木が一本ずつ見えるほど。

おりしも、様々なGIS(地理情報システム)ソフトが出現し、愛媛県林業研究センターのGISチームとの連携で500haの範囲を想定したデータ、ソフト、処理に必要な技術料、中古パソコン代込みで約50万で形に出来た。

あくまでも個人用、林家が自分用に作れるようにしてある。 このようなアウトラインでデータを統合し、境界線や杭の位置、路網の位置、立ち木の位置を緯度経度で性格に表示し、立ち木の分布と資源量、径級別本数管理までできる山林管理GISシステムを作成することが出来た。 これにより、森林とその資源をはっきりと目に見える形で表現することが出来、森林と林業を次の世代に引き継ぐ体制ができた。

 

そしてこのシステムにより、いろいろな林業経営上の効果があることもわかってきた。

境界杭から作業道、一本の木まで座標で表示できるということは、現地を歩いていても目的のものがどこにあるかわかります。(簡易GPSで)  これは、第三者に対する説明責任が果たせるということでもあり、山自体が、金融の担保になることも出来るし、山林が、金融商品として、運用、投資の対象になることも可能では?  現地で撮影した写真を携帯メールで送れば、リアルタイムで事務所のGIS上で位置がわかります。 作業の指示も現場からの報告もメールで出来る。

また、こんな木材が、これだけ欲しいと求めらたとしても、即座にどこにどれだけの本数在庫があるか判明し、現場に対して伐採、搬出を即座に指示できる。

そして、木材市場や製材工場などが担っている、在庫リスク、在庫コストを山で肩代わりできるということでもある。

私の考える林業は、樹木それぞれの個性や生き方を最大限尊重しながら、多種・多品目の木材を生産でき、持続的な経営管理のもとで、健全で品位が上がる森林を造成し管理するというものです。

それを実現のための長期にわたる経営には

「目指すべき森林形の明確なイメージ」

「正確な商品の在庫把握」

「供給と需要の見通し」

「実行可能な短期の計画」

「実現可能な長期の計画」

が必要だが、林家自身の手で、実現可能になってきたように思う。”

 

 

いかがでしたでしょう?  昔からの山の姿の変遷が見えてきませんか?  そして新しい管理と運用の未来も見えてきませんか?

私も不動産業を営むなかで、山林の売買仲介もさせていただきましたが、その広大な敷地の境界確認だけでかなり神経を使います。 境界を知る人が隣地も合わせて存命なうちはまだしも、後継者もなく放置された山々も増えていると聞き及んでいます。

今回その放置せざるを得ない「御荷物」にも、やり方次第では「宝物」になる可能性があることを具体的に示してくれるものでありました。  そしてそれはただ単に個人的な事だけではなく、山全体にその価値が浸透することにより、現在抱えうる広範囲な諸問題に対する解答にもつながるようにも思えます。 こんなシステムを独自に開発し、すでに運用している事実に驚きました。 一般の商品管理システムのように、生き物である山の資源が管理・流通できる時代が来ることを期待します。 そのために私も関係する人たちに対して、少しでもご説明出来るよう努力してみようと思います。

 

いずれにしましても、この「鹿島シンポジウム」シリーズ、大変意義のある勉強会でした。 一流の先生方を集め、一つ一つの分野ごとに関連する問題点をあぶり出していくことで、一つの対処療法では無意味であることを実感させ、連携したチームプレーが求められるのだとのビジョンまで描くことができました。

このシリーズを企画していただいた「愛媛の海山川」の代表たけちゃんと事務局のきんちゃん、本当にありがとうございました。

来年も形を変えたシンポを考えている様子。 是非参加させて頂きます。  ご苦労様でした。。

この北条のアッツイおいさんたちは、他にも数々のスッゲェことをやってきてるのですが、また頃合いを見てご紹介させて頂きます。

なにせ他にも紹介したいおっさんが目白押しなもんで・・    北条のおっさんはやばいかも・・

 

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