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真理のにおい
2016年7月11日 | 雑記

柳 宗悦という思想家がいた。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%AE%97%E6%82%A6

「むねよし」とは呼ばれずに、「そうえつ」と呼ばれることの多い人物でもあったその人は、民藝運動を起こした思想家でもあったが、松山近郊に本拠を構え、今に至る「砥部焼」の育ての親でもあったことは、ほとんど知られていない。

砥部焼が今に残っているのは、柳をはじめ、日本を代表する民藝運動家や、無名の陶工たちによる奇跡の日々があったからこそなのですが、この話はまた今度。。(長い・・)

 

そんな柳 宗悦氏が残した言葉も美しい。

 

『 不完全を厭(いと)う美しさよりも、

不完全をも容れる美しさのほうが深い 』

 

 

“ 人は誰しも過ちや矛盾を免れない。 完全からはほど遠い。

巧みに描かなければ美しくならないような絵が、ついにまずまずというところまでしか行けないのなら、過ちや矛盾を取り去って完全を目指すよりも、完全か否かの分別へのこだわりを捨て、「不完全なままにあやまりのない世界に受け取られる」 ことをこそ願うべし、と残している。

 

私も、辛く苦しい時代にこそ、この「完全」に対するこだわりや執着が強かったことを思い出す。

完全というあり得ないことに囚われて、自由な心を失うよりも、なんだ、不完全だからこそいろいろ試せるし、試していいんだ、失敗してもいいんだ、そしてまた、あらためて不完全を認めた上で、挑戦すればいいんだ。

むしろ、この世が不完全であるからこそ、私たちは生まれてきたんだろう。

その中で自分はどう「在る」のかを試すために。

選択し続けていくために。

創り続けていくために。

 

だって、完全なら、それ以上、何もする必要がないじゃん。

生きるということは、不完全の海で、不器用にあえぎながらも、船をこぎ続けることかもね。

 

 

そんなメッセージをいただいたような気がします。

 

一流と呼ばれる人から発せられる言葉には、 やはり真理の匂いがします。

 

 

 

 

 

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