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真理言
2020年7月16日 | 雑記

親子の確執なんてものは、古今東西昔も今も「当たり前だのクラッカー」ってなもんだ。。

と、私は思っている。

 

仕事においても、家庭においても、永遠にこの課題から逃げることはできまい。

そう思わせるほどの体験を私もしてきたし、周りの人間からも、相当かれこれいつだってずーと聞かされ続けている。(笑)

 

また私は、親子といえども立派な他人だと思っているので、放任するところはしてきたし、尊重もしてきたつもり。(つもりですハイ)

しかし世間では、相続争い、会社の世代交代劇、家庭内紛争・・・と余念がない。

なんか脱却できる考え方を探し続けているご仁も多かろうと推察します。

 

そこで、

 

 

「親になるとは、許されることを学ぶことなのだ」

三砂ちづる

 

“親はよくまちがう。

よかれと思ってしたことが子どもを傷つけた、痛めつけていたと悔やむことが本当によくある。

だから欠点だらけの「私」を許してほしいと祈るような思いでいると、保険学者は言う。

子どもから許しを得ることで、自分の親も「間違いだらけで欠点だらけのただの男と女だった」と許せるようになると。”

 

 

 

という言葉に出会います。

 

自分の親も、そして自分も、

「よくまちがう」存在なのだと知っていれば、

許しあえると言ってくれている。

 

 

 

子ども時代より父親から、

それはそれは事あるごとに、

脳みそ湧くくらい、

 

「親の意見となすびの花は、万(千)に一つのあだもない」と聞かされ続けた。

そんなことわざが、昔からあるにはある。

 

それほど親の意見は絶対であるとの教えのつもりだったようだが、

私にはどうにもこうにも、言うこととすることの違うおやじにこうやって言われてもほぼ響かない。。(笑)

内心「このバカがまだ言ってやがる・・」ってなもんなのだが、どうにも止まらない。。。

 

そんな嫌な思い出しかないもんだから、

ゆえに、私も注意をして自らの子供たちには言わなかった。  と、思う。

 

 

そう、

まちがう存在だからこそ、

許されることを学ぶのだ。

 

この謙虚さがあれば、

お互いのこととして、

ずっとともに、成長しあえるはず。

 

なければ地獄。 (ウチか?)

 

 

でもまあこの言葉って、

すべての人間関係に当てはまる真理言でもあり得るような気もするのですが・・・

 

 

 

 

 

 

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