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移動する価値
2020年6月10日 | 雑記

いよいよ松山も梅雨入りしたようで、今週一杯雨模様の予報である。

まあそれ以前に、私の心はとうに雨模様であり、いやはやどういう風に「自分」を保つのかが、よくわからなくなってきた。。

 

あらゆる生活のリズムが変化し、仕事も変化し、アソビも変化した。

ただ、毎日3食の食事ができて、睡眠も同じようにとれる環境は同じ。

違うことといえば、

「移動」の自由が制限されていることくらい。

 

しかし、

この「移動の自由」こそ、人間にとってのっぴきならない欲求の一つなのだと、ある哲学者が言っていた。

「法」を犯した罪人はどのように扱われるのか。

歴史を振り返っても、移動の自由を奪われるということらしい。

 

監獄なりに押しとどめられ、自分の思い通りに移動できない、行動できない。

「不自由」というフィードバックこそが、罪人に与えられる「罰」なのであると。

 

したがって今の私たちも、罪は犯していないと思われるのだが、ほぼほぼ「罰」を受けるに等しい状態に自らを追い込んでいるともいえる。

苦しいわけである。

 

移動の自由がなくなるだけで、こんなにも、心身ともに変調をきたすものなのだとよく理解できた。

が、

さすがにこれだけでは壊れていきそうになる。

 

医療や福祉の現場では、多忙を極める環境であるようだが、商業の世界は冷え冷えとしている。

どのようにビジョン設定すればいいのか、事業計画を立てればいいのか、

新たに押しかけてきそうな世界に対して、向き合い方すら定まっていないような気がする。

 

気分転換に旅に出たり、友人と雑多なおしゃべりを交えたりする中で、自然に湧き上がってくる世界がたくさんあったのだが、それができないことが、一種の苦痛になってしまっている。

 

これほどまでに、自分が不自由という罰に弱いものかと唖然とするが、発見でもある。

 

 

緊急事態宣言は解除されたが、その習慣は継続中。

今度は少しずつ、自らを適度に開放していこうと思う。

 

「自分にしては今までよく頑張った」と少しは褒めてやりながら、

少しずつ移動の自由を与えていこうと思う。

 

動けることの喜びをかみしめつつ、

できるだけ人のいない場所へと自分を誘い、

空気の流れる場所にて、心も流してやろう。

 

何かが詰まっているような気持ちを、少しずつ掃除してやろう。

そうしてやれるのは、

ほかならぬ自分しかいないのだから・・

 

 

 

 

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