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第4回 地域教育実践交流集会 むすんで ひらいて ひびきあう
2011年11月15日 | 雑記

行ってまいりましたー。 今年も何とか生きて帰ってまいりましたー。

ホンマ濃いー会ですわ。 愛媛県を代表するような先進的・革新的教育者、行政マン、そして活動家が集まりそれぞれの実際行っている活動の情報交換を行いながら、その中から見え隠れする課題等を参加者のお知恵を拝借しながら改善に結びつけたり、大いに共通する悩みに共感し合ったり、普段は言えぬ責任者・代表者としての愚痴も言いあったり・・・ そんなゆるくもあり、しかし中々ない環境下でもある本会であります。

1回目から参加させていただいておりますが、続けることで本当に毎回出会うメンバーとは密度のある関係になっていますし、常に新しいメンバーとの出会いもあります。 自身の活動の発信も出来、新たな気づきもいただけ、ああ、苦しいのは私だけではない・・ と他者の存在に慰められたりと、希少価値のある会に育ってきているのは事実だと思います。

ただ、 あの懇親会というか、 酒宴というか、 人のことをどうこう言える身分ではありませんが、 これは本当に濃いーです。 毎回翌日は激しい二日酔いに苦しみます。 今年はその翌日に私の発表があったため満足な説明ができたかどうか誠に怪しい次第です。 ごめんなさい。聴きにきていただいた皆様。 あいキャンのことを少しでもご理解いただければ幸いなのですが・・  あやしい・・ 。

しかし、県内外から集まる「子供のために」活動している人たちとの関係は気持ちのいいことに変わりはありません。 実行委員会の皆さま、大変ご苦労様でした。 ありがとうございました。 (私は中々行けないので委員からはずしてもらったので余計に肩身が狭い・・)

この委員会の実行委員長である愛媛大学名誉教授の讃岐幸治先生のお話が、大会パンフレットの巻頭に紹介されています。 今回このお話を皆様にご紹介させていただこうと思います。 私にはとても共感できることであり、私たちの活動の大切さを改めて認識するよき機会ととらえさせていただいております。 うちの若者に是非見てもらいたいなあと思いますが、 いかがなもんですかねー。見んやろなー。  本人の了承は得ておりませんが、大丈夫でしょう。。

 

“ ・・・ この大震災をきっかけに、生きるとはどういうことか、幸せとはなにか。被災地の人たちだけでなく、これまでの生き方を見直した人が多かったのではないか。
エリッヒ・フロムに『生きるということ』という名著がある。そのなかで彼は、人間が生きるうえでの基本的な生活様式に「持つ様式 to have」と「在る様式 to be」とがあり、「もはや『持つこと』よりも『在ること』を重視する時代に移ってきている」と。

これまでは「持つこと」を人生の目的として、「財産」「社会的地位」「学歴」「権力」などの所有をめざしてきた。 より高い学歴、より多くの財産、より高い社会的地位、より大きな権力などをめざす生き方を重視してきた。  だが、こうした「持つため」の生き方では、こころの休まる間もなく、いつも戦々恐々とした日々を送っていかざるをえない。 人間がより人間らしく生きていくためには、「持つこと」に執着すべきではない。衣類をどれだけ数多く持っているかではなく、自分なりに、いかにうまく着こなすか、その方が大事ではないか。 より多く持つよりも個性的でありたい、あるがままの自分でありたい、心豊かに生きたい、そんな「在るため」の生き方を重視すべきではないか。

いまや人々は「在るため」の生き方、つまり「成長すること、あふれ出ること、愛すること、孤立しないこと、関心を持つこと、与えること、経験を分かち合うこと、社会的に有用な変化をつくること、自分自身を経験し、何かを生み出す過程」を重視した生き方を求めはじめている。 限られた自己の能力を最大限に生かし、生きることの喜びを確認する生き方を求めはじめているのである。
これからの激動の社会を主体的に生き抜き、心豊かに人間らしく生きていくためには、子どものときから、つぎのような「在るため」の生き方、経験をしっかりやっていくことである。
先ず第一に挙げたいのは、この世に生まれてきた甲斐があった、生きていてよかった、そうした生きる喜び・充実感が生まれてくるような体験、生きようとする熱気・情熱が湧き出るような感動体験、感謝したくなるような体験をさせることである。
これからの海図なき航路の時代にあっては、何が起こってもおかしくない。わが身は自ら守るすべを身につけなければならない。危機管理能力、危機回避能力を身につけるためには、危険な場面で緊張感をもって取り組まざるをえない体験をすることだ。

ところで子どものときに苦労した経験がある者は、そうでない者よりも、大人になって、難題に直面してもより耐えられ、乗り切れるという。 「苦労の免疫理論」である。 子どものときに、苦労体験、自ら工夫せざるを得ない体験をさせておくことである。
これからはだれかが決めた路線の上を動く時代ではない。 自ら企画立案し、段取りをつけ、仕切っていく力がいる。 自らの構想のもと自ら計画を立て、自ら決定・決断していく力を身につけることが大事だ。
最後に交流、貢献力をあげておこう。これからの社会は交流、協働、連携、共生の時代である。 異質のものとの交流・協働できる力、さらに社会の担い手として他者や社会のために貢献する喜びや力を身につけていくことが大事になっている。
これからの激動の社会を生きがいをもって、また生き抜いていくためには、子どものときから感動・感謝、緊張・危険、苦労・工夫、計画・決断、交流・貢献、いわゆる「かきくけこ」力を身につける体験を多くしていくことである。
子どもたちに「かきくけこ」体験を”

地域教育実践交流集会
実行委員長 讃岐 幸治

 

いかがでしょう?  私もお客さんや周りの人たちに言ってきたことでもあるのですが、「所有権」の概念が生み出す過ちと幻想性についてもはやごまかしようのない時代が来ていることは認めざるを得ないのではないでしょうか?

そしてそれに代わる価値観として、目に見えない、目に見えにくいかも知れないが、「存在感」というもの、まさに「在り方」だけが大切なのではないのか?  と本気で問いかけ、その事を体験できる仕組みや環境を作っていくことこそ必然として「みんなの未来を創る」ことになるのではないのか?

利益追求型の社会でこんなことを言っているとカンペキに白い目で見られるのですが、 私ももう慣れましたので言い続けようと思います。

ここにもまた強い味方がいるのですから・・・

ありがとうございました。 テヌキコウジ と自称する 讃岐幸治先生 。

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