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絶望の夜明け
2013年1月5日 | 雑記

なんともはや俗な正月を送らせて頂いている。

実のところ結婚してからは、毎年のようにかみさんの実家に正月帰省していたので、松山で正月を迎えるのはこの数年前からということになる。

当初夫婦二人だけで車で移動していたのが、子どもが一人生まれ、二人生まれ、犬も一緒に・・ という具合に、家族大移動を年末年始続けていたわけです。 あの渋滞期間に・・

したがって、正月に家でくつろぎながら年賀状を楽しむという環境にはなく、愛知県の片隅にて、お客さんとして、よその正月を楽しむ生活が20年ばかし続いていたのが実際のところであります。

それでも久しぶりに会う向こうの家族とのひと時は嬉しいもので、義理の父母や兄弟も楽しそうに過ごしてくれていたことを昨日のことのように思い出します。  

もっとも、仕事始めの前日に帰宅してからは、1000通からの年賀状や、溜まった新聞に急ぎ目を通し、やり残した自宅の掃除や準備やに大わらわでしたが・・ (笑)

そんな向こうの家族もいろんなことがあり、数年前に、ついにもう誰もいなくなってしまいました。

そんなことで、この数年は自宅で俗な正月を迎えることができているわけです。

今回は年末もぎりぎりまで納得いく掃除を行い、自宅と会社の氏神様と山の神様への初詣、毎日会社を覗いては年賀の確認や神棚のお水換えを行い、寒中の夕暮れに思い出したように墓参りに行ったり、ブルマ http://ameblo.jp/thebluemarble で藤山氏と今年のビジョン交換会をやってみたり、2階の松山美容整体院 http://www.matsuyama-seitai.com/about/feature で劇的な身体のメンテを行ったり、チラシでみた安売りに少し飛び込んでみたり、別々の日に帰省してくる社会人になった子どもたちとそれなりに過ごし、息子からは婚約発表を聞かされるなど、まあまあ面白く過ごしているのが事実です。

そんな正月が送れる幸せを何としましょう。

 

 世界では年末も年始も関係なくミサイルと弾丸が飛び交い、たくさんの命が消え、憎悪のエネルギーは益々増幅し、悲しみの波動が草木を枯らす。

この国もしかり、約10万人ほどの難民と呼ばれるべき人々は、未だ見えない明日に震える。

そこに「私」はいないのだろうか?

それは本当に「他人」なのだろうか?

 

ささやかな今の幸せをかみしめるごとに、奥歯から溢れ出るにがい味わい。

忘れるわけにはいかない。

その現実の中から何ができるのか、誰のために、何のために、何を行うのか。

直接ではなくとも、二度とそうならないために何が必要なのかをそこから学びとり、そうならないための準備をしていく。

それは私にとっては、心を育てること。

これからを創りゆく子どもたちや若者の心を育てるお手伝いをしていくこと。

何度でも言う。

政治だ教育だ、福祉だ環境だ、国だ、行政だと言ってる場合ではない。

人任せの依存者ヤロウの国民こそが自らの心の持ちようを改めない限り、何も変わらないでしょう。

対処療法にまだ依存しますか?

原因はあなたの心の中にありますよ。

私の心の中にありますよ。

自らの心を育てることをしてますか?

 

今年も私はチャレンジします。

人のせいにはしません。

たとえどんなことになろうとも、私のせいだと言います。

だから、 だからこそ、 努力しようと思います。

些細なことかも知れませんが、 些細なことしかできないかも知れませんが、 今の私に出来ることを、 もう少し掘り下げながらやってみようと思います。

悲しさが底辺に漂う、 悲しさを礎として成り立っている世界だからこそ、 その上に立つ私たちはその幸せが誰のおかげなのか、 時々は思い出しながら生きていくことが、 その悲しみと共に生きていくということが、 ただその生き方だけが、 救いとなるのではないのかと・・・

正月早々青臭いことから始まった本ブログですが、 まだまだ青臭い事を言いながら、 そして青臭い事をやっていきますぜ。

今年もよろしく!

 

 

 

”絶望していると君は言う 

だが君は生きている  

絶望が終点ではないと

君のいのちは知っているから

絶望とは  

裸の生の現実に傷つくこと  

世界が錯綜する欲望の網の目に  

囚われていると納得すること

絶望からしか  

本当の現実は見えない  

本当の希望は生まれない  

君はいま出発点に立っている”

  絶望  ~  谷川俊太郎

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