青葉土地コーポレーション 青葉土地コーポレーション
ブログ
魂の叫び
2018年6月2日 | 雑記

もう10年以上になるのかな、

まともにJポップ等の歌を聴かなくなったのは。

 

理由は端的に言うと「伝わるものがない」

 

歌詞はこれでもかっていうくらい長ったらしく、言葉をあれもこれもつなぎ合わせて、何か伝えようとしているのかもしれないが、もう聞いている方はうるさすぎてそれどころではない。

いつからこんな傾向になったのかは知らないが、とにかく気分が悪くなるので聴かなくなったというのが本音。

 

だけど世間ではそれなりにヒットしてたりするもんだから、私の何かがおかしいのかもしれないけど、「まあいいや」って感じでした。

ところがこんな言葉に出会いました。

 

 

「人間の発音行為が全身によってなされずに、観念の嘴(くちばし)によってひょいひょいとなされるようになってからは、音楽も詩も、みなつまらぬものに・・」

武満徹 (現代音楽家)

 

 

解説として、” 吃音におけるドド、ヌヌといった音の反復は、声に出そうとして言葉と格闘せざるを得ない肉体の挙動の一つだ。 ため息や叫びと同じく「意味が言葉の容量を超える時におこる運動であり、ときに「論理性を断ち切り」もする。 詩や音楽が生まれるのも同じその運動からだ ”

 

 

そうか、ため息や叫びと同じく、意味が言葉の容量を超える時に起こる運動が詩や音楽とするならば、それほどの実体験を持たざる者が、想像力たくましく作ったところで伝わるべくもないか、と納得した。

身体と魂がむき出しに近いような世界で生きていたからこそ生まれるものはある。

バーチャル中心の世界からはむき出しの叫びは到底生まれまい。

同世代同士にはそれでちょうどいいのかもしれないが、リアリティ命で生きてきた世代にはちと物足りないか?

 

流行り廃りのない、昔から残り続けている歌の中には、言葉数は少なかれど魂をわしづかみにし、全身が熱くなり、涙腺から噴き出すものを止めることができないほどの臨場感があった。

それは、鮮烈な当時の体験と共に記憶に残り続け、聞くたびに当時の世界がまざまざと蘇るほどの力を持っている。

もちろんそれだけが音楽ではないことは百も承知だが、今は聞きたい歌がほとんどないことも事実である。

 

 

そんな折に短い言葉に出会った。

 

“ 口は命の入り口、心の出口 ”

 

超ユニークな小児歯科、「あすなろ小児歯科医院」の佐野正之さんの言葉である。

年間63,000人の子供たちが訪れる佐野ワールドの理念。

短い言葉の向こう側にあふれる豊かすぎる世界に、最近のどんな歌より感動したのでありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリ
月別アーカイブ
記事検索