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想像力 ≒ 気づき ≒ 思いやり ≒ 感謝
2010年11月7日 | 雑記

本日の朝方の雨も上がり、うっすらと光の戻りつつある中に花たちがガラスの花瓶の中に仲良くおさまっている。 薄いピンクのバラもやわらかな光のおかげでより一層やさしさを際立たせている。 そのほかにも名も知らぬ薄い黄色や紫、薄白色なとなどの色と形を静かに携えた花々がたたずんでいる。

黙して語らず、ただ気づく者のみに、それぞれの気づきを与えてくれている。

主張することはたやすい。 しかし、主張ではなくただ存在することにおいて気づく者在りし時、その者の数以上の気づきを与えてしまうこの存在とは ・・

いや待て、そう考えるのであればこの世にあるものすべて、普段忘れているだけの様々な存在はそうではないのか?  いやいやそれだけではなかろう、この今の自身という姿かたちを与え続けてくれた両親とそこにつながる数千万人のご先祖様も抜きには語れまい。 その中の一人が違えただけで私のこの姿かたちは別物になっていたわけなのであるから。 いや存在してないことになるのだろう。

すなわち奇跡である。 この事実だけで。

そしてその偉大な存在たちも花と同じように黙して語らない。 当たり前である。 死んでいるのだから。  しかし、しかしなのである。  今生きている私はその存在に思いをはせることができるのである。  これは当たり前のことなのであろうか?  こんなことができるのは人間だけであろう。 

その人間としての価値を私は十二分に使っているのであろうか?  

気づこうと思えばあらゆることに気づける、たとえそれが目に見えないものであっても。  

この凄まじい能力を普段忘れてしまい、さも当たり前のような顔をして生きていていいのであろうか?

 

では、このよく忘れてしまう凄まじい能力しかり、 数万年という存在の系譜を作り続けてくれたこれまたよく忘れてしまうご先祖様しかり、 日々日常においてあらゆるお世話になっている家族、友人、顧客、食べ物、住まい、道具の数々 ・・をどうすれば気づきの範疇に日々置いておけるのか?

 

感謝であろうと思う。

毎日数分間でいい、それらに対する感謝の時間を作る。 それだけで大いなる気づきの世界とつながることができる。 そう思えることがありこの数年間そうさせていただいてきた。

何が変わったかって?   

居心地がよくなりました。  良いことがあろうが、悪いことがあろうが心があまり動かなくなりました。 どの出来事にも深遠なる意味があるように思えてきました。 だからこそ逃げることを選択せず、努力することに意識を向けることが少しは出来るようになりました。

結果に魅力を感じなくなりました。  その過程、プロセスこそが最高の宝物だと思えるようになりました。  

50のおっさんが遅すぎって感じですが、 まあマイペースで参りましょう。

こんなお話のきっかけを作ってくれたあい変わらずやさしいオーラを揺らめかせているお花さんたちは、 先日誕生日を迎えた我が女房殿への20年ぶりの花のプレゼントでありましたとさ ・・・

あんがとさん。

 

 

 

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