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2010年4月27日 | 雑記

昨日の剣道形の練習の時に、師匠の加茂功教士八段から聞いた話が印象に残ったので書き残しておきたい。

 

持田 盛二(もちだ もりじ、大正から昭和にかけての日本の剣道家で昭和の剣聖の一人で剣道範士十段) という怪物がいた。 その方が晩年残した遺訓として語り継がれている言葉を師匠から紹介していただいた。

 

 

私は剣道の基礎を体で覚えるのに五十年かかった。
私の剣道は五十を過ぎてから本当の修行に入った。心で剣道しようとしたからである。
六十歳になると足腰が弱くなる。この弱さを補うのは心である。心を働かして弱点を強くするように努めた。
七十歳になると身体全体が弱くなる。こんどは心を動かさない修行をした。心が動かなくなれば、相手の心がこちらの鏡に映ってくる。心を静かに動かされないよう努めた。
八十歳になると心は動かなくなった。だが時々雑念が入る。心の中に雑念を入れないように修行している。”

 

 

ゾクリとする言葉である。

69歳の師匠はこの教えの通り六十歳の足腰の弱さを補うために心を働かせてこの十年剣道をしてきた。 これが本当に強い。 ツワモノが勝てない。 静かな動きだが、 勝てない。

そして師匠は来年の70歳が楽しみだという。 七十歳になると心を動かさない修行が出来ると喜んでいる。

この人は本当に剣道が好きである。 ほとほとそう思う。 すばらしいオーラを私たちに与えてくれる。 それは師匠の師匠たちがすばらしかったからだと語ってくれる。 そのすばらしき人たちの連鎖の一部に私たちも居れる喜びを全身で感じる。 大家と呼ばれる人は、死ぬまで修行であることを知っているようだ。 すなわち、生きていることだけでも修行であるとも聞こえる。 

人はすぐにいろいろな答えを知りたがる。 結果を欲しがる。 そしてすぐに叶わないから悩み、苦悩し、悲しみ、恨み、自他を傷つける。

しかし、この言葉を耳を澄ませて聴くと、ないものを嘆くより、あるものを如何に高めるかで生まれてくる結果成果は大きく変わる。 とも聞こえてくるし、何もその通りになるわけではないが、死ぬまで生きることが本当の楽しみ方だとも聞こえてる。

師匠は70歳から見えてくる世界を本当に楽しみにしている。 キラキラした目で語りかけてくる。

普通、年はとりたくないもんだけどねぇ。。   変わってるでしょ。   うちの師匠。

 

ところでこの言葉を参考にするなら、50歳の私はさしずめやっとこさ人間の基礎を覚えたかな、どうかな? といったところである。 これから心で人生を生きようとしていく時期ということになる。

実は私の中でこの最近本当にこの感覚があったのである。 

生まれた時にはキレイな魂であったはずだと思うのだが、いろんなことを知るに付け、経験するに付け、周りの人間と比較し、自分本来の価値を見失い、長い迷いの旅路を経て、なんとなくやっとまた自分にたどり着いてきたような感覚があったのである。

しかしそれは決して無駄な旅だったのではなく、意味も分からずに生きていたその価値の数々が、いかに価値あるものであるかを正に身をもって知るという、人生の基礎を築く意味ではかけがえのない迷い道であったということだろう。

 

さあ、 これから心で生きていきましょう。     とは言うものの ・・・                                         それが出来ればわたしは大物。

 

 

 

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