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くちびるに歌を持て 心に太陽を持て  ⑧

久しぶりのタイトルである。 このシリーズの作者、小檜山 博さんも投稿誌では終了しているのでそろそろ小檜山さんの文章ともお別れである。

短い言葉の中から、とても大きな世界を感じさせてくれる人、作家として好きである。 それは即ち想像しやすい、思わず同化してしまう、と言った方がいいのかもしれない。 小檜山さんには失礼だろうが、波動が似ていると勝手に思っている次第である。 もっと言うと、本当はみんなの中にもしっかり埋め込まれている感性だとも思うのだが、まだ気づいてない、もう忘れている人が多いのかな??   とも思う。

どうも会社の中での経営者と社員の関係もいろんな形があるようですが、昔は、今回ご紹介するようなタイプの経営者が少なからずいたように思うのです。 言葉は短いが、最大の愛情を持ち合わせているタイプが ・・・    今は、  どうなんでしょうね。    私?   ・・ 論外のような気が ・・

 

ある言葉   小檜山 博    (理念と経営 特集記事より)

“ぼくは北海道にある地方新聞社に勤め、働きながら同人誌を出し、下手な小説を書いていた。 勤め先の人には、ぼくが小説など書いていることがばれないよう心がけた。 会社の仕事に一生懸命でないと思われたくなかったからだ。

三十九歳のとき芥川賞候補になり、東京の編集者から東京へ出てきて書けと言われるが、もし会社をやめて小説の注文がこなくなったとき、もうぼくなど雇ってくれる会社などないと思うと、いまの勤めをやめるわけにいかなかった。 会社には申しわけなかったが、なんとか勤めながら書きたかった。

いくつかの文学賞をいただいたある日、勤め先で社長室へ呼ばれた。 ぼくは恐ろしさで心臓がとまりそうになった。 とうとうクビだ、と思った。 考えてみれば会社から給料をもらいながら小説など書き、講演に歩く不真面目な社員を、経営者が黙っているはずがないのだった。 ぼくが愚かすぎた。

社長室へ入ると、ぼくは目眩がして体も足も震え、いまにも倒れそうだった。 ソファへ座ると社長がいきなり 「君、会社やめるってか」 と聞いた。 ぼくは即座に 「とんでもありません」 と言った。 声が震え、かすれた。 たしかに、ぼくが東京へ出て行くという噂や、ねたみや中傷の噂もぼくの耳にも入ってはきていた。

社長がぼくを見、 「そうか、それならいいけどな。 俺は小説のことはわからんけど、ここで働いてカネの心配ないほうがいいもの書けるんではないかと思ってな」 と言った。

ぼくは飛び上がるように立つと、 「すみません」 と言って頭を膝へ着きそうに下げた。 社長が 「よし、わかった。もう行っていい」 と言った。

ぼくは夢遊病者みたいに、よろけながら出口へ歩いた。 扉をあけようとしたとき背後で社長が 「いいか、会社やめるなよ。 もし、どうしてもやめるときには、直接、俺に断れ」 と言った。

扉の外へ出たとたん、ぼくの眼から涙が吹き出して前が見えなくなった。

 

ぼくはこの会社に勤めさせていただいた四十年間、会う人会う人にずっと、ぼくのところの新聞をとってくださいと言いつづけた。”

 

 

 

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