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大河のはてに
2010年11月28日 | 雑記

ついに「龍馬伝」が終わりましたねえ。 一年間とても楽しませていただきました。 と同時にいろんな余韻に襲われています。 

本当に見る人により様々な受け取り方があるでしょうし、感じ方があることでしょう。

私の場合もいろいろあるのですが一つだけご紹介させていただくならば、龍馬の役割の中に「仲介」という業を感じずにはおれないということでしょうか。

私自身不動産仲介業という業を営んでおるわけですが、この元々価値観の異なる二者(買主・売主)、片方は物件を高く売りたい、もう片方は物件を少しでも安く買いたいという着地点が180度違う二者をいかにして納得していただき、成約という同等の価値世界を作り出せるかという独特な商取引であるわけです。 そこそこの金額の小売商品であれば、多少の値引き、もしくは付加価値が高ければ言い値において簡単に成約に至るわけですが、こと不動産商品となりますと金額も数千万円以上~ という売るも一生もん、買うも一生もんと命がかかるくらいのものになるわけで、どちらもそれはそれは一生懸命にならざるを得ません。 おまけに他の商品と違い、道路の関係や、法律による建築制限、謄本に記載されている抵当権等の様々な未知数の権利(商品代金以上に借金があったりする)、極めつけは世界に二つとして同じ物件はないという特異性。 おまけに先祖代々からの受け継いだものであるという深い思いという世界観もあり、相続権者が複数の場合は一人一人に正真正銘の同等な権利が存在するものですから一人でも同意が得られなければ一切契約には至りません。

そんなこんなやもっとたくさんのいろんなことをクリアしてやっと成約にいたるという業であります。

その間に関わる人の多彩さといったら ・・    しかもそれぞれ考え方も違い、性格も違い、中には嘘をついたり、騙したりの方さえ ・・      なかなかでしょっ。

でもそこでこの龍馬の業が少しダブったりするわけです。

薩長同盟、大政奉還 ・・  そこに至るまでの数々の交渉。  

自分自身の無知を知る、気づくところから主体的な学びへの扉を開き、どん欲なまでに世界を、人を、むさぼっていく中から、その一人一人の中にある思いや志から少しずつ自身の業に至っていくわけですが、この気づきを自分のことだけで終わらせず、自分=国であり、みんなであるということに素直に結びつけるところに龍馬の器量を感じるわけです。 あくまで自分の役割はその入り口までであるとする立場の付け方が益々私にとっては魅力的に映るわけなのです。

「主人公はそれぞれいますよ、私はそれぞれに対してそれぞれの立場や世界を超えた橋渡し役として機能できれば本望」 といわんばかりのその立ち位置はまさに私にとって「仲介」の真髄に感じてならないのです。 

龍馬ファンの方々からは不動産屋と一緒にしなさんなとお叱りをいただきそうですが、これは実はあいあいキャンプの「相互理解・相互扶助」という精神にも共通するものだと思っています。

何人かの人たちには語ってきたことですが、私にとって不動産業とあいあいキャンプとseedとフレッシュりーブスは別々のものではなく、一つのものです。

私の中に流れる 「つながる」 「つなげる」 という意識体がどうも強くあるようで、まわりは迷惑だと思うのですが、ついついそんな世界を作ろうとしてしまうようです。 すいませんねぇ。

暗殺されないうちに余計なおせっかいはもうやめにしようなんぞと考えてるこのちっぽけな私は誰?

 

まあとにかくです、 正規の世伝とは表現の違いはあったかも知れませんが、今の時代にこうやって1年間、龍馬に触れていられたことはとても素敵なことでありました。 自分自身の志に触れていた1年間のようでもありました。  ありがとうございました。  素敵なドラマでありました。

 

 

 

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