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あの日を今に紡いで
2010年12月9日 | 雑記

資料を整理していたら懐かしいものが出てきた。 道後中学校創立50周年を祝う記念誌への投稿文です。 当時PTA後援会長を仰せつかっていたもので、この機会をいただいたのでした。

35年前の出来事の一つですが、一つくらい色あせないものがあってもいいですよね。

 

 

 

             平成15年度後援会長 田中 啓文

 

 

” 昭和47年4月、12歳の私は不思議な感覚で母親と共に道後中学校の入学式へと町内を歩いていた。出発する前は、父親が制服姿の私を写真に納めていた。何となく大人になったような、まだまだ子供のような、今思えば恥ずかしい限りの感情であるが、当時の私はそんな気持ちだった。

また私は数ヶ月前に松山市へ転校してきたばかりゆえ、学校生活と言うよりはこの都会の事に興味が湧いて仕方がなかったように記憶している。

 

案の定、正直にその興味を満たさんがために勉強そっちのけでデパートの屋上にあるゲームコーナーやおもちゃ売り場に入り浸っていたり、町々のおもちゃ屋に居座っていたりと、今まで山と川と海と田んぼしかなかった生活から逃れ出ようともがくようにこの遊びに浸っていった。

 

やっと一部の勉学に興味が湧き始めた中学2年生、この年の運動会では今も続く道中伝統の「ミスター道後」(砂の入った俵上げ競技)  に借りだされた。少々太めの体力ありそう系と見られての選抜だった。それでも他の競技と違い、なぜか無性に責任を感じたのを覚えている。

 

一人でクラスを代表して戦う、そういう事とは全く無縁な存在であったのだから無理もない。家でバーベルを上げて少し練習なんぞもしてみた。

本番は1位と二人で長い間接戦の上の2位であった。

その後のクラスリレーのアンカーも2位で終え、クラスは総合2位を得ていた。

すべての競技が終わり、教室に戻り担任が記念品のノートを配る折、一つ余ったノートを「今日の功労者にあげよう。」と提案しその候補者を募った。 なんと私が選ばれた。

取り柄のない、うだつの上がらない私であったが、なんと今振り返ればこれが中学時代の一番の思い出になってしまった。

 

ささやかな思い出である。しかし大きな思い出である。この思い出のおかげでその後自身を支えてくれたこともあった。 一つの変化のきっかけが生まれたと思う。

そうしてそれからの数十年、様々のきっかけを経験しながら今の私がいる。

 

あの取り柄のない少年が会社を経営し、ボランティア団体を立ち上げて代表を務め、様々な青少年と関わり続けている。

一人一人の少年と出逢うたびに私は自分のあの日と同化する。

自分の前にあり続ける未来に対して、大いなる不安に呑まれながらも一抹の可能性にすがりたいような青い感情。

その感情をいとおしくさえ感じる。だから今も私はあの時の私とつながっている。時という糸を今も紡ぎ続けているのである。

 

そして今、道後中学校の少年たちはそれぞれの糸を紡ぎ始めようとしている。”

 

 

 

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