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新生マーブルデー ③
2010年12月24日 | フレッシュ・リーブス, 雑記

はーい、今度もよく出たかなー。        (誰かのつぶやき・・ おまんは下痢ピーか?)

なかなか聞きなれない単語でよく消化できてないかもしれないけど、今日は大丈夫だよー。 いよいよ先生の本音の部分に差しかかるからねー。 実にシンプルな考え方だから安心してちょうだいね。 では先生、続きをよろしくです。。

 

さて、 では今までお話ししてきたようなお金の価値がなくなるのか? ですが、無くなるとしてもそれは「徐々に」であり、全くなくなるのはその可能性があるということだけです。 どこかの国に占領されたのであれば急激に無くなるかもしれませんが、そうでなければ徐々にでしょう。 (その間に手を打つチャンスはあるが・・)

ところでこの世に「善・悪」はありません。あるように見えるのは人間が作った価値観によってです。 通貨の存在についても「善・悪」は判断できません。 本日云いたかったことは価値を通貨で計測することの危うさや通貨で計測した価値で行動すること(したり、しなかったり)が本当の価値実現(喜びや幸福)に結びつかないことです。 お金の存在価値は交換価値を示すシグナルを発することと、交換自体を容易にすることです。 しかしお金で何でも買えることから、お金を過剰に求めることによって多くの問題が起きているのはご承知のとおりです。 しかし、私が危惧する最も大きな問題を上げるならば、お金の存在によって人と自然が分離してしまっているということなのです。 

人間は「自分が自分でお金を稼いで自立している」と思っています。

ホントはタダで輝いてくれている太陽や、タダで酸素を出してくれている植物が存在しないと明日の命も危ういのに、太陽さんありがとうと言う人は少ない。 植物さんありがとうと言う人は少ない。 

ブルーマーブルの食事もお金を払えばいただけますが、この食材がどんな場所で生育していたかを知る人は少なく、直接食材そのものに感謝する人は少数でしょう。

ところが、もしこの世にお金がないとすれば、自分で自然と対話しながら作物を作り、海や山で獲物を捕ってきてそのありがたみに感謝していただくことになります。 さぞかし自分で作ったキャベツはカワイイだろうし、イノシシをさばくとき命について意識するだろうし、自然と感謝の念が沸き起こるかもしれません。

このようにお金の存在や通貨のシステムを単純に「善・悪」で判断することはできません。 もし、お金の存在によって人間が喜びや幸福、自然や宇宙から遠ざかっているとすれば、それは、 人間自身の心の問題ではないでしょうか?

最後になりましたが、人間が行動する動機において「損・得」で判断していること、また、判断させることが目立ちます。 特にお金の価値で、高い、安いと言って、または予算がある、ないと言って。

それよりも私は、人は 「愛情」 によって行動すべきだと思うのであります ・・・

 

このように先生のお話は終わっていくのでありました。 

 

今回お金という見慣れた形のものを通して、その隠れた意味の再確認を通して、改めて形のないもの、価値だと思ってないもの、価値を忘れているもの、にふれるきっかけを作ってくれたのではないかと思いました。 

その後飲食を楽しみながら先生を質問攻めにしながら、それでいてかつてない心の開かれた状態の雰囲気の中、女子大生も、経営者も、サラリーマンも、OLも、農家の方も、教師も、主婦も、非正規社員も、十数名が入り混じり、マーブルデーは深夜まで熱を帯びていくのでありました ・・・

資料の最後に記された言葉

ブータンに伝わることわざ ・・・ 都会にあるものに価値はない。 森にあるものはどんな小さなものでも価値がある。

道元禅師のことば ・・・ 我、山を愛するとき、山、主(ぬし)を愛す。

 

 

 

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