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夜明けのまちづくり
2011年4月5日 | 雑記

過日の朝日新聞、経営共創基盤CEOの冨山和彦氏の声から要約。 

“子会社に福島、茨城、岩手の地方バス会社がある。 従業員2100人、バス1200台、自ら被災しながらすぐに運行を再開し、原発周辺からの多数の住民退避や、医療チームの搬送に対応した。 しかし燃料が足りない。 官邸、各省庁、政治家に訴えて回った。しかしなかなか動かない。 震災は11日、政府の石油備蓄取り崩し発表が14日、大幅な取り崩し決定は22日、この間に全国で買いだめが進む。 寒冷地での広域激甚災害は燃料不足が被災者の死活問題となることは明明白白。 なぜあんなに時間がかかったのか? 

直接、政治家や官僚、企業と掛け合ってみて痛感した。 彼らエリート層の資質の問題。 危機に直面しているのに決めることが決められない。判断することを避ける。  「上と相談する」 「県から要請が来てない」 要件に該当しない」 そんな反応ばかり。保身とメンツと責任転嫁。こちらから問題提起したらあちこちに飛んで行ってしまう。

私たちはこういう「リスクを取れない、判断できない」人たちを長い間、「エリート」として政と官と民のリーダー層に据えてきた。 その結果、この国は頭から腐っている実感がある。 彼らの多くは一流大学、成績優秀、人格温厚、調整力があり、みんなにいい顔をして組織の階段を上がっていった。 しかし、いざ危機に直面したら批判を怖がり、決められない。逃げる。だから物事が進まない。

決断とは一部に犠牲を強いること。それができない人にリーダーの資格はない。 有事に判断を先送りする人間が、平時に決断できるわけがない。 政、官、企業は人の評価をやり直すべき。 修羅場の中で誰が役に立ち、誰が役に立たなかったか、あるいは逃げたか、記者の皆さんは見ているはず。 国民はそれが知りたい。報道してほしい。

これからの日本復興で大切なことは政策やプランを「子供たちにプラスかマイナスか」で判断すること。 「国は何をしてくれるか」ではなく、「あなたは国の未来のために何ができるか」を問うこと。 それを国民に問う勇気のあるリーダーを選ぶこと。 だから町づくりも、国づくりも若い世代に任せたい。 50年後にも生きているだろう彼らが未来を決めるべき。  上の世代は子供たちのためにどれだけ犠牲になれるか、当然と思っている既得権益をどれだけ捨てられるかが問われる。 年金も医療保障も年功序列も・・

うちのバスは止まらずにすんだ。 少数だが結果が出るまでやるべきことをやり通した政治家や官僚がいた。 心ある同業者が自分たちの分を分けてくれた。 現場は立派です。 涙が出た。 震災から5日後に盛岡から激甚被災地の宮古に路線バスを復活させた。 その第1号にいかにも今どきの若者が、支援物資をたくさん抱えて乗り込んできた。満席です。草食系なんてとんでもない。

日本の強みは我慢し自己犠牲をいとわない一般の方々である。そして現場の力。自衛隊も消防も自治体の現場がよくやっている。 

破滅的な問題が起きると隠れていた問題がいっぺんに出てくる。 チャンスです。日本の未来のテコにしたい。勝負はこれからです。”

 

また作家の岩崎夏海氏はこう寄せている。(要約)

“著名な経済学者P.F.ドラッカーは 「何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者は真摯さを欠いている」  ここ数年の政治の混迷はこの言葉が表わしている。 政治家は正しいか間違っているかで判断するより、大きな声を聞いている。 何が正しいかを考えないこと、つまり信念のなさはすなわち真摯さの欠如である。

ドラッカーは続ける・・・   「重要なのは、正しい答えを見つけることではない。正しい問いを見つけることである」  すなわち政治家を云々すること自体、問いが間違っている。  正しい問いは有権者が自身に向けるべき。 自己の利益を政治家に求めていないか? 自ら解決すべき問題を政治に丸投げしてないか? 政治の混迷は雑音混じりの有権者の声に政治家が生真面目に答えようとした結果ではないのか?

限定的となった政府に代わる有権者の役割とは何か?

ドラッカーは「社会セクター」だと説く。 市民自ら何が正しいかを考え課題解決のために作る組織です。 知日家だった彼は、江戸時代の日本で寺子屋などの社会セクターが機能し、世界有数の識字率を誇っていたことに驚嘆し、賞賛する。

東日本大震災は再び社会セクターの息吹をよみがえらせる機会となるかもしれない。

被災地では住民がボランティアと助け合って救援や復興に当たっている。 課題解決に、ルールづくりに、地域社会の人々が時に政治の力を借りて、チームとなって取り組んでいる。 まさにこれが市民自らローカルな要請に応える組織、社会セクターです。政治は機能の一つとして包含されている。

復興後も社会セクターを機能させ、市民社会のリーダーとなる人たちが必要です。 各地に帰ってからも一時的な慈善活動にとどめずに、地元で新たな社会セクターの推進力となることを期待する。”

 

 

先日の本ブログ「老いの才覚・・・」でも触れた部分が重なる。 私の意識も多々重なる。

 

もうすぐ選挙。 「正しい問いを自らに課しながら」 一票を投じたい。

 

 

 

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