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マジが生み出す世界
2011年5月9日 | 雑記

5月の連休中に毎年行われる特異な空間がある。

京都市武道センターという大日本武徳会の演武場として明治31年に立てられた由緒正しき和風建築物で高段者のみの大会が開催されるのである。 

我が師匠、加茂功剣道教士八段も毎年通っている場所である。 師匠は最高段位の八段であるからいく必要はないように思えるが、実はその八段は三つの称号に分かれている。 錬士・教士・範士 という風に位分けされており、一見大した差はないように思えるかも知れないが、錬士から範士になるまでに数十年を費やすことも珍しくない、 というか普通であるのでいかにこの世界が深遠なものか少しはご理解いただけるのではなかろうか。 中には80歳90歳で挑戦し続けている方もいらっしゃる。  そう、 死ぬまで修行の世界を用意してくれているのである。 しかも全国を代表するツワモノだらけ(八段どうし)で試合をするのである。  その名を剣道称号審査会という。

師匠は現在教士なので最高位の範士を目指し続けて日々修行に励んでこられているわけで、教士になられてからすでに7年くらいたっておられるはず。  その試合の緊張感たるやぺーぺー以下の私なんぞ想像すら出来ないわけですが、その試合でみごとに一本勝ちされたそうです。

しかし、 しかし 審査は別問題。    げに恐ろしき世界なり・・   です。

が、 師匠はそのためだけに参加しているわけではありません。  

師匠は言います。 「自分は田舎者である。 東京や京都、大阪には全国から集まったハイレベルの剣道家が常にいる。 その人たちは常に自分よりレベルの高い人と試合ができる。 すなわち向上成長の機会がふんだんにある」 と 「だから自分はこの場所で試合をすることにより、全国レベルの中の自分を知る機会になる」 のだと。    だからこそ期待と不安で緊張もするのでしょう。

しかし、70歳の師匠は確認をするのです。 「まだまだいける・・・ 私のピークは80歳だろう」(複雑笑)

師匠は言います。 「私は松山にいるときは最高段位者だからそれ以上の人と竹刀を交えることはないが故不安にも襲われることもある。 しかし、誇れることがあるとすればどんなに年下の者であろうが、格下の者であろうが、その人のレベルに合わせたなかで一切手を抜かず、気を抜かずにやり通してきた。 そのことはしかし自分よりハイレベルの者とやることと同じことではなかったか?」

 

この言葉を聞いたとき、  しびれました。

たとえどんな相手であろうが、気を抜かず、手を抜かない。 すなわち本気でやり続ける。 相手をそれだけ尊重している。 それがすなわち自身をも尊重していることになるのではないのか?  形の指導を2年以上受けて参りましたが、紛れもなく私たちに対しても毎回本気です。 一瞬たりとも気が抜けた姿を見たことがありません。 一度たりとも姿勢が崩れ猫背になった姿を見たことがありません。 一度たりともこれくらいでもういいかと指導を諦めたことはありません。 ずっとずっとずっといつもいつもいつも本気なのです。 一緒にやっている子供に対しても。 

 

本当に稀有な存在だと思います。 ほとんど毎週末県内のどこかで行われている大会や試合にボランティアで参加されていますが、その間一日を通して姿勢が崩れることはありません。 子供のころから見てきた姿を思い出してもまさにそうなのです。 師匠は意識をしているといいます。 「しんどいけど我慢をしていい姿勢でいる」 といいます。 誰がいつ見ても、見られてもいい姿勢でいることで剣道の世界を伝えたいという思いに溢れているのです。 このような「生きざま」のお手本が目の前にいてくださるということが、いかにありがたいことであるか ・・・

特別な時にだけ特別なことをして何とはなしにうまくクリアーしていくのではなく、誰が見てようが見ていまいが常日頃よりいつだってそういう生きざまで生きることによって初めて、田舎者かも知れぬが誰にも負けない、 言いかえれば自分に負けない人となれるのではないのだろうか?

比較的上手に短期間に昇段していく人もあることは事実だけれど、 そうではなくゆっくりゆっくりかも知れないが真に確実に人としての道、あり方を自他を含めて見せていただいている今の師匠が大好きであるし、 心から尊敬する所存であります。

ありがたいご縁をいただいている私の人生に、ご先祖様に ひたすら感謝申し上げ奉ります~ 。

 

 

 

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