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2009年8月26日 | ボランティア活動, 雑記

あいあい本キャンプから全員無事帰還して今日で3日目。

やっと少々気力が回復してきた。

ああしんど ・・・

 

ほんとこの状態を考えるといつまでやれるの? って感じである。

 

しかし、本当に大切なことは私がやれるかどうかではなく、本当にこの活動が必要かどうか? であろう。

9年目を終えて、そろそろ本格的にその検証に入ろうと思う。

 

9年間本当にいろいろあったなあと思う。

施設の先生が心配で一緒にくっついてきた初年度参加の当時小学生の学習障害児は、先生が驚くほどの表情で仲間と関わっている姿を見て、先生は2日目の午後帰っていかれた。その後その子は毎年のように参加をし、高校を卒業後今度はスタッフとして今年から参加をしている。 当時の姿からは保護者、関係者を含めて想像できないほど成長した。 私も今年の彼のスタッフとしての活躍には目を見張った。 素直に学び続ける人は恐ろしく進化するものだとつくづく思った次第。

初めて来たときはまったく視線も合わず、それどころか集団には一切入れなかった自閉症知的障害の子は一年目から母親がビックリする変化をしたようで、「ガマンすることを学んできた」と喜んでくださった。 その後今年の卒業年度まで全て参加してきたが、「毎年必ず成長して帰ってくる、学校や施設、家庭では出来ないこと」と母親は本当にうれしそうに私たちに話してくれる。 今ではこの母親とは飲み仲間である。 彼は自閉症のため急激な変化に中々対応できない。少々の変化でもパニックになりかねないのだ。 来年からはあいキャンに参加できないということを今年から母親は「今年が最後、お・わ・り」と何度も繰り返し伝え続けてきたのだろう。 初日から「今年でお・わ・り、さ・い・ご」とつぶやき、「なんでおわりー」と叫んでいた。 しかし彼は最後までこのキャンプで身に付けた得意技、薪割りの術をみんなのためにふんだんに使って助けてくれる人であった。 

ダウン症の女の子もほぼ毎年来てくれたが、本当に小さな女の子だったのに今や18歳のお嬢さんである。 昔から歌と踊りが大好きでみんなのためにずっと歌い続けてくれた年もあった。 ほっておかれると実にさびしそうな顔でうつむいたまま自分の世界に入ってしまうのだが、誰かと一緒にコミュニケーションしていると表情豊かに花を咲かせてくれる。 最後のスタンツ大会では皆が驚くダンスを披露してくれた。 そんな毎年の彼女を見て母親はお酒の席で私に「このキャンプは周りには教えんのよ、教えたら皆来るに決まってる。そしたらうちの子が参加できんかもしれんから・・」とのたもうた。うーーーん、それもどうかと言ったのだが、それほど本気で気に入ってくれていた。 

健常児も実際のところ、チャレンジドたちが出来ない作業や仕事を自分たちで行う頻度は高いわけで、しんどいはずなのだが、すこし不満を持ちながらでも始めたことをすぐに遊び感覚にまで高めてしまう。 そしてその結果みんなの役に立ったことを実感することで日ごとに動きが軽やかになっていく。 人は本能的に、自然にそう出来るのだと確信できる時である。 彼らは実のところすぐにはこの意義も価値も分からないだろう。 しかし、将来大人になったときに目の前に困っている人が現れたとき、彼らは体験していない人とは違う動きや反応を示すのではないだろうか? そのとき初めて何かを感じたり、気づけたり出来るのかもしれない。 何のことは無い、私自身もその繰り返しの中で生かされているだけのことである。

  ・・・  一人ひとりの子どもたちのキャンプ中のプロセスだけで膨大な情報となる。

しかし、この単品でみる情報と、9年という連続体の情報とは見えてくる部分がまったく違うのである。

今回、その連続体の中から見えてくる部分を整理する必要がありそうだ。

社会の変化、個人の変化、環境の・・、考え方の・・・

そしてそれでもこの活動が必要なのかを問うた時に、何が見えるのか?

しっかり見てみようと思う。

 

自らが思い、考え、発表し、決意し、行動してきたこの9年。 その時代時代の仲間と共に歩んできた道を振り返ろう。 

10年目を終えるためではなく、10年目を迎えるために ・・・

 

 

 

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