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静かな鬼
2009年10月28日 | 雑記

先日の剣道形の稽古の後、実に凄いものを見た。

最高位教士八段の我が師匠と、その剣道の弟子である六段の方との剣道試合である。

剣道形は以前ご紹介したように防具を使わない寸止めの形式で行うが、剣道はご存知のように「面・小手・胴・突き」の部位を打つことによって勝敗が決まる。

私も若かりし頃は二段の連中となら互角にやっていた時もあったが、さすがにこのレベルとなると間近で見たことさえない。

 

防具を付ける所作からまさに一つ一つの行為が美しく、私がかじってきた世界など一瞬でぶっとんだ。 流れるような動きも無駄がなく、この時点で本物の高段者であることがうかがい知れる。

そして試合が始まると、今度は周りの皆を二人の生み出す世界が支配する。

何分剣のスピードたるや、素人にはまったく見えないスピードであり、審判でさえ時に間違いを犯す。

それが何時繰り出されるのかがまた分からないものだから、まばたきすら出来ない。

 

そんな時間が過ぎていくのだが、六段が待ちきれず仕掛ける。

きれいな面が決まったと思った瞬間、師匠は紙一重で後ろにかわす。

そして相手の剣は空を切る。

フツウであれば相手が出てくると怖いものだから本能的に前に出て自らの剣で防ごうとする。

だからだいたいは竹刀同士のぶつかる音がよく聞こえるのである。

ところがこの高段者の試合はぶつかる音がしない。

紙一重で見切る技が尋常でない。

側から見ている分には簡単そうに見えるかもしれないが、実際防具を付けて試合すれば分かるのだが、そら恐ろしい緊張感に支配されてそれどころではなくなる。 何せ言うなれば殺し合いなのだから・・

 

そうやってしばらく師匠は六段を見切った後、最小限の動きでしとめて行く。

 

試合後、六段は息が上がるほど乱れているのに師匠は鼻の穴さえ開いていない ・・

なんじゃこれは・・・   この世界の差は  なんじゃ  ・・

相手は六段なので、私は竹刀すらかすらない相手であるのに、その六段とこうも差があるとは・・

師匠はほぼ七十歳である ・・・

防具を付けてもその姿勢のすばらしさは変わらず、全てが惚れ惚れする。

この師匠、人に言うだけでなく、人に言うために必ずそのことごとを自ら日々実践している。

どこを歩くときでも歩き方は剣道のそれ、姿勢も常にあごを引いている、8時間立っていても座っていても姿勢が崩れることは無い。 休めの姿勢すら見たことが無い。

 

本人曰く、   「そうし続けることはしんどい、しかし皆にその教えを説く以上自分がやらずに置くことは許されない、自分が自分に許さない。 しかし、その姿を見て教え子は気づいたり、誇りをもったりするかも知れない、まねようと思うかもしれない」

 

本当に全国でも天然記念物のような、生きる重要文化財のような人なのである。

この師匠のもとにいられることを、心から誇りに思っている。

 

   しかし、剣を持って相対したときの師匠の顔は、   とても冷静な鬼である。

恐ろしいスポーツである。    いや、  やはりだからこそ 武道なのである。

 

 

 

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