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またしても 私はアホかも ・・
2009年12月15日 | フレッシュ・リーブス, 雑記

なんか怒涛の如くいろんなことが押し寄せた日々が続いていたが、やっとすこし雲の切れ目から日が差し込んできた感じである。

あいキャンクリスマス会までに仕上げるビデオ編集も百時間かなんかよくわからん時間を費やしたが、先日のクリスマス会での上映も無事終了した。 スタッフ手作りのプレゼントと共にDVDもお渡しした。 まあ子どもたちや保護者の方々が喜んでくれたのかどうかは分からないが、これから始まる冬休みにでも家族そろって楽しんでいただければ幸いである。

仕事も最後の追い込みで数ヶ月かかった取引が明日契約の予定まで漕ぎ着けた。 かなり複雑な仕事であり、大いに知恵を使い、足を使い、人を使い、おかげさまでここまで来れましたという感じ。

まあもっとも本番は契約が終わった後から始まるというのが真相であるからして、来年初夏まで気の休めない状況は続く。

seedの来年度契約とスケジュールの打ち合わせ、講演依頼、司会依頼、なんやらかんやら ・・・

おまけに地下の空いたテナントでいろいろいろいろ考えた挙句に、自分でお店をやってみようか?なんて事を考え始めたものだから始末に終えない。

 

ん?  どんな店かって?       これがまた訳かんない店。

時々俺の頭はかなりいかれてるっ?  って思うことがあるのだが、今更しょうがないと思っているのでご披露する。

私は学生時代にjazzに凝っていて、三十代まで続いた趣味はレコード約1000枚、cd約1000枚という資産を形成した。 今はほとんど聞かないので売り払おうか?とも考えたのだがどうせ二束三文になるのであれば、違う使い方が出来ないか考えた。 そしてそれはあいキャンを通して理解できたある人材とリンクしたのだ。 

自閉症と呼ばれるコダワリ派の人種は正にレコードとか、jazzとか、音響とか、コーヒーとか、アイドルとか、本とか、絵とか、酒とか、なんやかんや・・・

ではレコードが大好きな誰かに一日レコード係をしてもらい、挨拶の得意なダウン症に一日あいさつをしてもらい、 接客が好きな誰かには接客をしてもらい、 コーヒーにうるさい誰かにはこだわりコーヒーを作ってもらい、 一人一つの個性を出し合い10人が揃えば何か出来ないかなあ ・・ と考えたのが始まりで、 それから車椅子でも自由に出入りでき、 大いに飲んだり歌ったりしゃべったり ・・

働く場所であり、 お客になれる場所であり、 そんな場所を好きになってくれる健常者も含めて交流できる場所 ・・

今まで行きたくても行けなかった人たちこそが大手を振っていける場所。

そんな場所が一つくらいあってもいいかな? と思ったのでした。  市駅の近くに・・

 

私は不動産屋であり、 ビルのオーナーであり、 ボランティアであり、 市民であり、 そして何より人間である。

持てる者が、持てない者のために何が出来るのか?  動ける者が、動けない者のために何が出来るのか?  なぜ天は相反する存在を用意してくれているのか? 

一部の人間が一部の人間のためだけに作った勝手な価値に踊らされてかれこれ久しい時が流れた。

不動産屋は条件に合う人間しか相手にしてはいけないのだろうか?  ビルは金儲けだけの対象物なのだろうか?  人は自分のためだけに生き続けられるのだろうか?  

 

以前よりずっと気になっていたことがある。  なぜアフガンの荒涼とした荒れ果てた大地の中で子どもたちは笑えるのか?  アフリカの難民生活の中で、 フィリピンのゴミの中で、 粉々になったビルの残骸の中で、  なぜ子どもたちは笑えるのか?

 

今、少し感じる。   何が無くとも、何が無くなっても、 彼らはその「今」に少しでも感謝が出来ているのではないか?  無いものねだりをするのではなく、 今あるものに感謝が出来ているのではないのか?  隣にいてくれる父や母に、 兄弟に、 友人に、 町の人に、 壊れたおもちゃに、 昇る朝日に、 夕立の音に、 肌を流れる風に ・・       無意識的にでも、  たとえ一人ぼっちでも、  きちんと感謝が出来ているのではないのか?  

だから微笑むことができるのではないのだろうか。

 

私も少し微笑んでいたい。  

だから全ての今に感謝し、 もてるものを誰かのために使おうと思う。

 

もっとも、勘違いする安易な依存者さんにはかなり手厳しいおいさんであることは変わらないけどね。

 

この事業、 いろんな角度で進行中。 始まったばかりです。 この先未定。 でも自分の意志は決まった。   

お楽しみに。

 

 

 

 

    

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